<4236>「所感(497)」

 コミュニティに、とにかく居るってことをテーマにするぞ、と決めて。

 

 そうするとそれがすごく自分のなかで面白くなってきた。

 

 人間でも何でもない化物が、ようやく人間になろうとしている入口なのかもしれない。

 

 

 何でそんなに不気味がられるのかってことが、私は人間でない寄りだから今まで全く分からなかったんだけど。

 

 人と付き合うってことは、人とまとまった時間一緒に居るってことを意味する。

 

 当たり前だけど、それに気がついたとき、ゾッとしたんだ。

 

 世間の人々が、何気ない会話のなかで、付き合ってるかどうかをさりげなく確認するとき。

 

 異性に興味があるとかモテるモテないとかそんなことはどうでもよくて。

 

 こいつは、人と一緒に居るつもりがあるかどうかってのを、確認してたんだ。

 

 付き合うってのは、1日誰かと一緒に居たり、あるいは1日と言わず、日をまたいで何日も何日も一緒に居たりすることを意味する。

 

 それをやんないのは、興味がないとかうぶだとかそんな問題を飛び越えて。

 

 人と一緒に居るつもりがないという強固な意思、嫌悪がなければ、成り立たない話なんだ。

 

 自分のなかに、絶対他人など容れないという、強い自我がなければ。

 

 私が例えば一日デートをして思うことの核には。

 

 ああ、こんなに長い時間人と一緒に居たくないな。

 

 があるんだ。

 

 それを、馬鹿正直に社会に向かって発言して、爪はじきにされないと思っていた自分は、本当におめでたいなと、今このタイミングで心底納得した。

 

 いやあ、人間やるのムズい。

 

 そんなことすらも分からず、人とは付き合いませんよと無邪気に言ってた頃の自分が今思うとこわすぎるし化物すぎる。

 

 もうだから、私の生ってのは化物が人間社会に潜入調査で入ってるようなものなんだね。

 

 無知はこわい。

 

 なんとなく付き合ったり、とりあえず付き合ってみたりするって言ってた人たちの言葉の意味が、ようやく分かるようになった。

 

 何やってんのか、当時の私には全く分からなかったのだから。

 

 いやあ、今までの人生で、どこかのタイミングで完全にパージされなかっただけでも、もうだいぶ恵まれてるよな。

 

 どのタイミングで消えててもおかしくないくらいに、人と居たくないですという強烈なノーを突き付け続けた訳だから。

 

 死ぬほど恨まれても文句は言えない。

 

 何で付き合わないのって不満とか非難の口調で言われ続けた意味を今ようやく(今ようやくですよ? 化物だろ)理解して、震えている。

 

 

 なんとなくで、人と一緒に居よう付き合おう。

 

 適当な相手がそんなに簡単に見つからなければ、せめてそうするつもりがあるという姿勢だけでも見せよう。

 

 社会に居ることが私の仕事なんだと理解したならね。