2015-10-01から1ヶ月間の記事一覧

本当に、飯で生きているんだ・・・

旅やら何やらの関係で家族が不在。2~3日をひとりで過ごすことになっている訳だが、こういった状況に置かれるときにいつも思うのは、 「私は、本当に飯で生きているんだ」 ということだ。 あまりにも当たり前なことなのだが、このことにいつも、少なからず…

想像を巡らせたって仕方ねえ・・・やっぱりおっかねえ・・・

死んでも、しばらくは耳が聞こえるという話、どうやら本当だったみたいだ。 「耳が聞こえるんだから、やっぱりまだ死んでねえんじゃねえか?」 と生者の方は思われるかもしれないが、ところがどっこい、これがちゃんと死んでいるのである。自分でも不思議な…

情熱が感じられないから何だと言うのか

「あなたの行動からは情熱が感じられないの」 と、あたかも冷静でいることそれ自体が悪いかのように言われることがあるが、はて、私から情熱が感じられないとして、それが何だと言うのだろうか。 「情熱が感じられないから応援する気になれない。支援したく…

だらしないと思われる快感

酒の席で、酔って他人に面倒な絡み方をしたり、飲み過ぎてトイレで戻すほどの状態になったりするのは、 「だらしがない」 こととされるだろうし、周りからの評価も下がることの方が多いだろう(こんなふざけた奴だったのかと見直されることもあるが)。 しか…

増えていく楽さ

「人と会っているときの自分は本当の自分ではない」 という意識が自分を助けることはある。自分ひとりでいるときの自分だけが本当なのだとしていれば、人と会っているときの、とても同一線上にあるとは思えない自身の姿を許容することが出来る。何故ならそれ…

「捉えた」と思ったのなら、それは捉えられていない

それは鍛練であったり、無心を目指すことであったりする訳だが、 「捉えた」 と思い始めたのなら、もうそう思い始めた瞬間から何も捉えられていないと考えて間違いない、というような気がしている。そういった認識は頭に浮かぶ度に壊さなければならない。 認…

分けの程度

例えば、1日に水を2リットル飲むと決めたとする。ここで、2リットル容器に入った水を思い描く、あるいは実際に用意してしまうと、 「こりゃ無理だ」 という気持ちが起こってきてしまう。時間の充て方にしても、2リットルを早く飲まなきゃと焦って、1時間…

遊ぶ

淡々と足を進めることに飽きた私は、近くの公園のベンチに腰かけていた。この季節にしては少し暑いぐらいの昼下がりに、小さな子どもが二、三人集まって遊んでいる。 見ていても、ルールはよく分からない。ただ目一杯に、駈けたりはしゃいだりして何かしらの…

痛み分け

あるところ、足の痛みで悩む人あり。曰く、平素の道がさながら針山の如しと。 またあるところ、腕の痛みで悩む人あり。曰く、湯呑みがさながら大岩の如しと。 足の痛む人、腕の痛む人を笑いて曰く、 「たかが湯呑みで岩とは何ぞ」 と。 また、腕の痛む人、足…

話していてもガッカリしてくるし、話さないとそれはそれでガッカリしてくるしで・・・

こうこう、こういうことを思うんだというのを話すと、あまりの伝わらなさにガッカリしてしまうし、かと言って口を噤んでいれば、外に発散されないことによってだんだんとガッカリして、落ち込んできてしまうしで、常日頃は話そうか話すまいかの間で揺れて酔…

その人を同一人たらしめるものは何なのだろう

誰もがそれを考えては止め、考えては止め、としているかもしれない。私はつまるところ今また、考えるタイミングに入っている。 そりゃ肉体だろうと。しかし肉体は肉体で、何ヶ月か経てば(何か月だったか忘れてしまったが)、元の肉体を形成していたものは完…

「文句を言う前に、そこを改善せよ」という理屈の行き止まり

「文句があるんだったら、その状況を改善する、あるいは変えてしまえば良い」 という合理的な思考は非常に有効であることが多い。何か、避けようのない、とてつもなく大きな問題に見えていたことが、足の置き場を変えただけで、果たして何てこともない問題で…

体力の有り余り、勢いを諸に感じるが・・・

定期的に、日常には差し障りの無い程度の軽いトレーニングを行っているからか、年齢的にまだ若いということもあってか、体力の有り余りを諸に感じ、 「駈けまわってくれー」 というような肉体の叫びを聞くことが多い。 ときにはその要請に従って、バテるまで…

不思議と愉快

表面に残った自意識だけではとても太刀打ちできないほどに、心身ともどもがほぼ怒りの感情で満たされ、その怒りのまま激しく相手と喧嘩した後、もうどうしようもないほど怒っていたのが嘘のように、次の瞬間から愉快な気分になっているのは面白い。 生命の危…

良心なんてものが、無かったら良いのに・・・

自身は自身で納得した生き方をしているし、それに伴う責任については、自身が取る(あるいは取らざるを得ない)から、別にそれで良いと思っている。 ただ、その選択が人を泣かせたり、悲しませたりするのを見て、何の感情も湧かないほど、まだまだ人間が出来…

「私は美しい」という支え方

精神的に辛いとき、家にも外にも居場所が無いと感じていたとき、自身を支えていたのは、 「私は美しい」 という妄想だった。何故この手の妄想が自身を支えることになると気づけたのか、やっている過程で後からだんだんと気づいてきたのか、それは今でもよく…

実質上の親子から名目上だけの親子へ

自発的にそういう気持ちが起こってくるのならまだしも、何故親に対する感謝の念を外から強制、強制とまではいかなくても、促されなければならないのか。嫌な思い出、ひどい行いをされたことだって多分にあるはずなのに、何故、親に対して感謝も出来ないよう…

どれ程それを怖れているかを、朧気ながらも掴むこと

怖い。やたらに怖い。でも私はそれを越えていかなければならない。だから、 「怖くない怖くない」 というように自身を持っていく。それを補完するために心身ともに鍛えていく・・・。 しかし、いくら自分で鍛練を重ねようが、 「怖くない怖くない」 と恐怖を…

他人を心配するという機能が、ストンと抜け落ちている

「あの人のことなんて全然心配もしていないし、別にあんな人、私と関係ない」 と言っている人は、むしろ、その人のことをとても心配しているのだろうなと思う。何故そんなことを言えるかって、自身の、 「他人を心配する機能」 の著しい欠如にたびたび直面し…

幻想を拵える難しさ

まだ自分の中でくっきりとした考えの形を取っていないのだけれど、メモ的にひとつ。 幻想を、あるいは物語をと言っても良いが、それを自前で拵えることが出来たなら、生き良いということは確かなのかもしれない(むろん、それが絶対に必要かどうかにはいまだ…

努力論を補完したいという欲望~悪い努力という言~

『ただ努力すれば良いってものじゃない。ただ続ければ良いってものじゃない。努力の仕方が悪ければ上手くはいかない。質の良い努力、適切な努力をする必要がある。』 なるほどこれらの言には確かにと思わされる部分もあるし、実際に、適切でない努力をしてし…

理解の、量と濃淡

世の中に、テストを受けたことのない人なんていうのは、なかなか見つけることが出来ないであろうし、そう考えると、 「理解度」 などと言って、理解の及び具合を数字で表すことについては、見慣れている人がほとんどであろうと思われる。例えば、 「う~ん、…

分からない領域は「今のところ分からない」としておけば良いじゃないか

以前、『「信じる」と「諦める」』で書いたことに関連するのだが、どうも、 「信じる」 だとか、 「信仰する」 だとかいう態度に馴染めないというか、ちょっと分からないなと思ってしまうことが多い。 それらの態度の何に違和感や不安を感じるかといえば、例…

たまたまそれを楽しめた

ある男が、あるとき偶然ひとつの分野に出会った。どうやらその分野と相性が良かったらしく、男はたまたまそれを楽しむことが出来た。 男は次第にそれへとのめり込んでいき、それに向かっているのが楽しくて仕方のないようになってきた。 社会的評価も必要性…

飽きるまで食らうのが大事じゃないか?

『嫌いなもの、人にいつまでも関わっていないで、自分の好きなもの、人に時間を使いなさい』 『いつまでも嫌な問題に対して愚痴や文句を言っているのはやめなさい』 『嫌なものにエネルギーを使っていたら勿体ないよ。楽しまなくっちゃ』 これらの言には、全…

億劫とやる気の混合

何もかもが億劫に感じる瞬間と、やる気が漲っている瞬間と、各々の瞬間が交互に現れ出てくることは良くあるし、まあ、そんな状態に陥ることは全然珍しい事でも何でもないだろう。 しかし、この前図書館に向かおうとしたとき、億劫とやる気が混ざり合いながら…

私には覆せないことだから

『○○君はこんなに良い子なんだし、両親もきっと素晴らしい方達なんだろうねえ・・・羨ましいわあ・・・』 見た目の問題か、普段からぼーっとしてて特にその場を引っ掻きまわしたりはしない性分のためか、知り合い程度の人には、やたらに良い子だと思われる節…

「許されない」という語法から滲みだす欺瞞

『そんなことを言って(あるいはやって)許されるはずがない』 法律で禁止されている訳でもない言動や行動を掴まえて、 「許されない」 などという語法が使用されることがあるが、一体誰に許されないというのだろう。実体の摑めない世間にか、大衆にか。 私…

「社会的正常性」というグロテスクさを薄めるための装い

ある人が意図的に、つまりはわざと突飛な言動、行動を取っていることが分かると、 「あの人は痛々しい」 だとか、 「普通の人間のくせして変人を気取っていやがる」 だとかの評価を下されることがある。自己の正常性を嫌悪してか、はたまた飽き飽きしてか、…

「罰が当たる」なんて・・・世間はそんなに甘くない

良い行いをすれば、当然良いことがあり、悪い行いをすれば罰が当たるなんて、人間の願望を詰め込んだ幻想にすぎない。 悪いことをすればちゃんと罰が当たってくれるほど、世間は甘くない。世間は、人の悪事などには無関心である。正確に言えば、 「もし自分…