2016-10-01から1ヶ月間の記事一覧

<8>「彼(8)」

形式を見つけて、それに沿って歩き出す。しばらくこのまま歩いていればいいんだ、どこまででも歩いて行けそうな気がする。赤色の標示灯が、道の両端に置かれ、一定の間隔をあけながら、遥か先の方まで連なっている。 テンポよく歩き続けていると、だんだんに…

<7>「彼(7)」

例えば、得られずにいることを望んで、はあ、と溜息すらついていたにもかかわらず、実際にそういう場面に立ち会えると、何とも思わない、いや、これではないんだと思うことがあるだろう。では一体あのとき溜息までついていたのは何だったのだと思う? その落…

<6>「彼(6)」

為すべきことを見出したような思いに引っ張られ、キラキラと瞳が輝き出すのも不自然だが、そんなものはないと頑張って、輝きを殺そう殺そうと努めるのもまた不自然ではある。では、そのどちらにも傾かないのが自然なのか、自然と呼べるか否か、そんなことは…

<5>「彼(5)」

不遜、あまりにも不遜で傲慢なので、褒められることにもけなされることにも我慢ならない。誰もが羨む好機を見送って放り投げておいて、後悔の念も起こさないと来ている(激しく後悔している様子があれば、まだ取っ組みようがあった)。こういう人物が他人を…

<4>「彼(4)」

彼にもまだ外側を見ていた時期があった。それはごくごく最初期の、短い時間で、ご褒美のデザートが間違って食前に来てしまったような感覚だった。しかし、私は普通の食事を求めている。おまんまとおみおつけと。それで良かったのだ。私は自ら勧んで絵に近づ…

<3>「彼(3)」

隣席の女性は、延々と話を繰り広げている。時々同意を求められるから、うん、うんと相槌を打っていた。しかし、あれだけ喋られて、何の話も憶えていないというのは不思議なことだ。隣席の女性が話している間(数学の授業前だった)、方向音痴な友人のことを…

<2>「彼(2)」

翌日から早速、絵の前に立った。鏡の横にかけておいたのだ。思った通り、どうやら鏡に映る自分より、描かれている自分の方が本当らしかった。これは、俺だけで見ているのは勿体ない。友達にも見せてやらなければと思い、友人を2、3人招待した。絵を見ると…

目の焦点が定まっていない。一体どこを見ているのか。見つめているつもりで、どこか違うところを覗いている。精悍な顔とは程遠く、疲れた頬が、だらりと垂れ下がっている。痩せている、というよりは、痩せさせられているという感じだ。顔が良くないという主…

曇り

重低音が、上下に揺すぶるように部屋を撫ぜ、耳鳴りが全体に拡がっていくような悪夢ではどうやらないことを確認し、虚ろな目を開いた。いつの間にか反対向きに寝ていた。 大方、飛行機の音だろうと思ったが、それにしては停滞している、歩みが遅い。どちらか…

瞬間

瞬間々々がひとつの真実であるということは、まず意識が認めたがらないことではないか(その割に印象は強固なのだが)。私という存在、そこに何の統一性もなく、バラバラであるということをそのまま受け取らなければならなくなるから。悪しく、醜い様も、紛…

解釈

解釈を排そう、排そうと努めているのだから、説明しようという考えを起こさなければいい。説明から遠ざかって、だんだんと、言葉にならない或る感じへと近づいていこうとすればいい。 人が説明してくれる、これはこういうものなんだと、有難い、しかし、その…

地続き

本当のこと、と言おうとすれば、だからなんとなく宙ぶらりんになる。自分の好みに応じて任意の対象に、勝手に本当らしさを付与しているだけで、大体がその対象は他の人にとって、ただの対象でしかなかったりする。 一農家として生涯を過ごしてきた人と、一銀…

普通の場所

普通の場所があると、心のどこかで仮定しているようなところがある。おかしな状況から逃れなきゃ、救ってやらなきゃ、あのときの自分はおかしかったんです・・・。 ふっと危機を脱したような気になって、大多数の人と共通の、平和な家に還りついたかのような…

浸透

見慣れただけで、分かった訳じゃないのかもしれない。恐らく、未だに分からないことの方が多い。しかし、見慣れるとはどうだろう。何かの感覚、雰囲気を掴んだような心持ち・・・。 大体こうである、根底で鳴っているものはこれであるという、動かし難い直覚…

混迷

混迷はバランスか。何かを定めることは全て衒いである、というような思考の展開を待たず、ボコボコボコ・・・、湧きあがっては消滅し、を繰り返す源泉に、取り憑かれたように見入る。決定がないことの象徴。 形を成したものに興味がない、訳ではないが、それ…

沈黙

黙っている。そうするしかないから、そうするからそうする。別に黙りたくて黙っている訳じゃない。喋る術がないのだ。 前を過ぎていく人は、怒っていたり、判断をしたりする。お前なんてこんなもんじゃあないか、あーはっは、と笑い、だんだんその顔が不安そ…

飛ぶ

世の中の常識(私が一向鈍いのか、そんなものがどこにあるのかよく分からないが)に合わせるというより、人間というのは身心なのだから、そちらの常識(こちらの方がまだ把握できる)に合わせるようにした方が良いのだろうな、とは思う。 それに、集団で支え…

狡猾

どう転んだっていい、何をしていたっていいんだ、そう思っていることは確かで、どこにも嘘はないはずなのだが、そういう発言をしているそばから、どこか、自分自身に欺瞞を感じていたりもする。 狡猾、というか、他人には何だっていいんだと言っておきながら…

多数決

正しさとは何か、正しさは決まるか、みたいな話をやっているといつまで経っても決まらないから、便宜として多数決を使う訳であって、その効用を否定するのではなし、悪い方法だと思っているのでもないのだけれど、あくまで便宜は便宜であって、それを正しさ…

混乱

あんまりよく見えるので驚いた。さて、混乱し切った頭に、何の混乱も生まれてこないことに気づいて、さぞや奇妙に落ち着いたところだろう。 本分に対する意識の稀薄さ。むろん、ありもしないものに対して強い意識を持ち続けることなど、そもそも不可能ではあ…

興味に引っ張られる

興味には、身体の反応するままに引っ張られていけばいいのであって、 「どうしてこういうことに興味を持ったのだろう?」 とか、 「自分はこういうことに興味を持てる(あるいは持てない)はずだ」 とかいう意識をあまり信用しないようにしている。 勝手に反…

集団

愚かな集団があるのではなく、集団が愚かさを免れえないのだ。ある集団の、愚かさに陥った原因は全て個々の人物にあると考えて、 「私たちはあの集団と違って愚かじゃない人たちが集まっているから大丈夫だよね?」 などと言い、悠然と構えていようが、集団…

茶番

茶番が茶番を生み、徒に時間だけが過ぎていく。何やってんだよこんなことで、と思うけれども、人間が存在していることがひとつの茶番みたいなものだから、真面目くさろうが気合を入れようが、やることなすこと全部が茶番みたいになるのも仕方がないか、まあ…

用法

型は型として使うのであって、それ以上の意味はいらない。枠組み、縁のことを示す場合にはこれで大丈夫だ。しかし、思いを語るときはどうしよう。 それは額縁だ。額縁が絵そのものになろうとすれば失敗する。それは良いが、失敗するとして、私が使用できるの…

整理

灰色に塗装した、というよりは、色を奪われたようだった。徹底的に整理し、不都合は排除したいという貧弱を象徴するように(しかしまた、そういうところにこそ不都合は乱立するのだが)。雲行きの怪しい空が、ここでは清涼ですらあった。 どうして鮮やかな色…

遊離

その頃にはまだ知識が無かったからといって、まだいろんなことが分かってきていなかったからといって、同じ人間が、どこか宙ぶらりんであることに気がつかなかったはずがあろうか。 幸福な盲目的時代という幻想をおっかぶせて、浮遊した気持ちを感じ取れ得る…

蓄積

危機、破綻の予感は突然走るもので、それは常々蓄積してきたものの発散としての光に拠るのではなく、予感と同様、いきなり現れた閃光に拠ってなのだと思われる。 私は、食器を机の上に丁寧に並べ、食事をするだろう。テレビに映る画像は楽しげで、思わずつら…

流出

流れ出ていくことを、もう少し認めなければいけない。留めることにばかり力を入れるとダメだ。どうダメかというと、単純にしんどいから。そして、自由に思い出せなくなる、その余地を狭くしてしまうということが起こる。 ひとつひとつの詳細を憶えていたい。…

スイッチを落として

頭の中で、何か自分の助けとなるようにする作業、構築を放棄したときのむなしさ。しかしまた、なんやかやとあれこれ構築してみることも、同様にむなしいのである。 「遊び」も「ただ在る」も言葉だ。徒なことはやめよう。構築から離れていこう。しかしそこに…

生き生きとし続ける

枯れる方ではなく溢れる方を、暗がりでなく光を、静やかさでなく賑やかさを、そちらばかりを「本来」だとし、そうでないものは本当でない、好ましくないと捉える。生き生きとし続けるのが理想だという気味悪さ。 死の表情を含まないものは自然ではない、不自…