<4034>「所感(403)」

 片付け話が自分のなかでホットだから。

 

 全部その類推でものを考えてしまうんだけど。

 

 自分が段々変化して、もうはっきり言って前とは違う形になっているってことに気がつくのに、随分と時間がかかる。

 

 だって私は私で、自意識はずっと自分は同一だと言い聞かせてくるから。

 

 それはまあそうなんだけど、自分は常に流れている存在でもあって。

 

 一方で変わらないとこもあって。

 

 それはどの辺りなのか、というのを見極めるのが難しいから、片付けも難しい。

 

 しかし片付けと付き合い続けていると、その見極めが段々上手になる。

 

 自分にとってこれらはいまだアクティブなのか否か、という問いを繰り返していくと、自分の現在地が明確になる感覚がある。

 

 それは霧が晴れるようで心地いい。

 

 

 話が全く変わるわけではないけど、私はずっと、ひとりで居てもさびしくなかった。

 

 もう随分小さい頃から、ひとりで居るのが一番心地が良かった。

 

 それはだから、私の変わらない特性なのだと思って生きてきた。

 

 でも、最近は、なんかそうでもなく。

 

 ひとりで居るのはさびしいと思うタイミングがぽつぽつと出てきた。

 

 ああ、そうか、お前はひとりで生きてて、さびしいんだな、とつぶやくと、ふっと安心して、心が軽くなるタイミングが増えてきた。

 

 人間が、気がつかないうちに随分違うものに変化していた。

 

 それに気づいて、今後の生活の形がどう変化するのかは分からない。

 

 さびしいを認めたまま、生活自体は同じままであるかも分からない。

 

 ただ、前とは違う人間がここに居る、私と一緒に居る、ということだけは分かる。