<4159>「所感(462)」

 前にも書いたけど、自分が思ってるほど自分の問題は仕事の出来不出来ではなくって。

 

 そんなもの、あるまとまった期間居りゃあ、勝手について来るし。

 

 逆に言えば、あるまとまった期間居なけりゃあ、ついてこないって部分が大いにあるものなんだ。

 

 だからまずは、まとまった期間居ることが全て、ってことになるんだけど。

 

 でも、居たくないんだよな。

 

 居たくなくなっちゃうんだ。

 

 あっちこっち移ると確かにある面の能力は伸びるでしょう。

 

 そこで鍛えられることも当然あるでしょう。

 

 でも、どこかに行こうがどこで暮らそうが。

 

 コミュニティに、居なけりゃいかんのは変わらない。

 

 それは、あっちこっち移ってたって同じこと、逃れられん。

 

 コミュニティに居なけりゃいかん、ってのはどこに移ったってついてまわり続ける。

 

 でも、どうしてこんなに居たくなくなるんだろう。

 

 自分が持ってる見栄とか、虚飾とか、そういうものを全部剥いじゃうと。

 

 どうしても同じ場所にまとまった期間居られない、居たくないって弱さに辿り着く。

 

 人と暮らせないのも。

 

 こうやってブログとかはずっとできるのに外部の関係になると長続きしないのも。

 

 ブログは別に他の人と居なくていいからね。

 

 ひとりが好きなのも。

 

 全部、私の生に関する問題の根本はこの、居たくないに集約されるんじゃないだろうかって気がする。

 

 居たくなくて、しょうがなくなる。

 

 これってもう、小学校低学年くらいからその兆しはあった。さすがにそのときは全面的ではなかったけど。

 

 なんでもっと見てくれないの。

 

 なんでもっと関わってくれないの。

 

 他者は私に対して不満の言葉を色々と尽くすが、結局その根本にはいつもこれがある。

 

 必ず同じ不満、同じ眼に出合う。

 

 私は、ああ、まただ、と思う。

 

 人生におけるある課題を解決しない限り、人間はロールプレイングゲームみたいに同じ場面を繰り返し続ける、なんて言がよく見られるけど、まさに、と思う。

 

 仕事の内容じゃないんだ。

 

 仕事の楽しさつまらなさじゃないんだ、根本は。

 

 居たくない、ってことに、どう折り合いをつけるか。

 

 どうそれをほどいて、ゆったりとそこに居るかってことが、喫緊の。

 

 しかも私という人間の、核の課題だ。

 

 私はコミュニティに長く、自然な様子で存在し続けられる人には無条件で敬意を払っている。

 

 それぐらい、私にとって、ある場所にまとまった期間居るということは、難しい。