私の人間としての。
本当の仕事が。
「居るということ」だとしたら。
技能とか。
上手くやるとか。
本当はそんなことはどうでもよく。
毎日毎日。
相も変わらずその場所に居るってことだったとしたら。
どこに行っても同じことで悩む。
どこに出ても決定的に嫌なことはこの、「居る」ってことに集約されるのだとしたら。
それが、死ぬほど嫌なところから始まって。
あたしは、「居る」ってことが、結局仕事の終着点。
核も核なんだという、答えに辿り着いたのではなかろうか。
誰とも居れない人間が、居れる人間になるまでが。
壮大な物語の、その結末なんじゃないだろうか。
少し、ロマンチックに過ぎるのか。
私は不思議だ。
小さい頃から、どうしても居たくない。
特に輪の中には居たくない。
人とふたりきりで居たくない、という思いを、強烈に感じてきた人間が。
嫌をやりつくし、嫌だ嫌だと嫌にまみれながら。
居ることを、自分なりに掴む道に入る。
それが、他の人の場合はそうではないだろうが(普通に人と一緒に居れる人のが多いわね)。
私という人間の、進歩の道なのではないだろうか。
居たくない人間が、居たくないをやりつくした先の道筋。