<2973>「作業、液の交換、欲望」

 身体のなかに作った、

 ひとつの線、、

 私は、

 その線に乗り、、

 ひたすらに作業を繰り返していく、、

 狂人です、

 狂人です、、

 そこには、

 ひとつも奇っ怪な動きなど、

 含まれていない、

 むしろ穏やかにしているからこその、

 この狂いようのこわさなのです、、

 あなたは誰ですか、

 私は、

 小学生の私と同じであり、

 もはやどこにも似ているところのない、

 おそろしい作業の集積です、、

 

 ですけれど、

 その重なりがおそろしいとはいえ、、

 私は、

 それを理由に状況を投げることはしない、

 言い訳はしない、、

 あたしはただ現実の感情を、

 計算器に入れ、

 それからはじかれる、、

 値をひとつずつ踏んでゆくだけです、、

 こわい人間だ、

 こわい人間だ、と言い、、

 さらにすることは、

 さらに奥へ行くこと、、

 からだに声を掛けること、

 

 私には欲望がないと思っていた、

 しかし、欲望は、

 同じ場所を、

 掘れば、掘るほど、

 次々に出てくるものです、、

 からだを求めていた、、

 順番にきこえるあなたの声と、、

 それに全て似せたもの、

 あなたのなかに、

 時刻がはじまって、、

 それから先へ見えること、、

 

 なんだか液をだらだら交換して、、

 あなたのあつさが紛れ込んでくる、、

 私は、

 もっとこのなかへ行こうとする、、

 このなかはどうなっているのか、

 平気で、

 裸になってさぐろうとする、、

 全ての匂いのなかへ、

 あなたは頭から入ろうとする、、

 からだが、さめて、、

 あたしは、

 ほうられていた・・・

<2972>「冷たい笑い声を受けて」

 明確に怒られることや、

 あきれられること、

 無視されることよりこわいこと、、

 それは、冷たい声で笑われること、

 ああ、私はずっと、

 冷たい声で、

 まるで私が、どうでもいい人間のように、

 笑われるのがこわかったのだな、、

 静かにみとめることができ、

 私のなかをながれていた汗が、

 止まらずとも、

 落ち着いた、、

 

 それはきっと、人間が、

 悪気もなく持っているもので、、

 淵源の記憶は、

 母親のそれになるのだろう、、

 守られてきたはずの存在から、

 まるで、切断されるような、

 ふふっ、という、

 冷たい笑い声がきこえた、

 そのショックの大きさ、、

 その記憶の源に、

 後から来る事象が重なり、

 汗をかく、、

 汗をかくが、

 としをとってよかったと思うことは、

 その重なりが、

 一度目や、二度目ではないことで、、

 上手くつかんだり、

 整理したりすることが、

 いつの間にか可能になっている自分を、

 見出すことができるようになっていることだ、

 

 私は、

 まだ未熟な頃なら、

 その冷たい笑い声を受けて、

 萎縮して、自分がとても小さくなってしまうか、、

 反発して、怒りで返したりしてしまうか、

 していたでしょうね、、

 でも、、

 私は、笑われたときだけではない、

 軽く見られたとき、

 馬鹿にされたとき、、

 同じように悪意で返すのが、とても嫌なのです、、

 それは良い人だからではない、

 具体的に、

 そのように返しても、まるで気持ちがよくなかったという、体験を経ているからなのです、

 だから、

 そういう扱いに対して、私は、

 誠実さで返していく、

 思いやりで返していく、

 人間力で返していく、、

 これは、

 私が優しくて、相手のためを思うからではありません、

 絶対に悪意では返さないという、

 私の生きる筋なのです、

 私の戦争なのです・・・

<2971>「透明な部屋、血が荒れる」

 まだ、

 生まれたばかりの身体が走っている、、

 私には、

 原初の、

 血の荒れがあり、、

 それの勢い、

 それの濃さに、

 他ではない自分がふるえる、、

 

 私は鍛錬する、

 それは、

 立派だからではない、、

 底の底の、

 どうしても我慢出来ないというおもいや、

 底の底の、

 本気でこの熱を流したいというおもいが、、

 行き場を失わないようにだ、

 私には優しさや、

 穏やかさは、

 どこか遠い、

 そしてこんなに密接なものもない、、

 

 おそらく、

 のびていこう、のびていこうとすることは、

 勝つこととはなにかが違う、

 全く違う訳ではないのだが、、

 練習を、繰り返し、、

 しばらくして、そのまま、

 透明な部屋に出る、

 そこには目的も、熱意も、

 意地も、

 くやしさも、ない、、

 ただ、

 身体技能とひとつになり、

 とけてしまった私があるだけだ、、

 

 私は、

 そこで自己を透明と規定する、

 その底を、

 荒い血が流れる、

 透明な部屋は失せ、、

 血の匂いにさらされて、

 おそれた、

 一個の小さい精神が、

 日常の生活に、手をのばし、

 身体を支える、、

 身体はなにもうれえていない、、

 あたしは現実を支持する、

 支持するうち、

 現実を忘れる、、

 夢のなかへとけていれば、

 あとはどうでも、とは思わない、、

 あたしは、

 空回りしている、、

 空回りして、

 かいた汗のなかに、

 私の血が少しずつ入っていく・・・

<2970>「生が深まること、死に向かっていること」

 生活環境が、

 気分に密接にかかわるということ、

 だから私は掃除をする、

 だから人間は掃除をする、

 きれいにする、

 それはよく分かる、

 一方で、

 環境があれていようがそんなことはどうでもいい、

 というか、

 荒れたいなら荒れたらいい、

 私だって放っておくから、

 という気分もあり、

 だから私は掃除をしない、

 人間は、

 ゴミの山を作ってしまう、、

 私はゴミ屋敷には居ないが、、

 ああいう状態を、

 まったく私には無縁のものと、

 考えて安心することもできない、、

 

 日々、

 刻々と生を深めていること、

 日々、

 死に始めているということ、、

 生が深まることと、

 死ぬことに近づくことは、

 多分時間の方向が同じなだけで、

 同じ物事ではない、

 矛盾している、、

 その矛盾したものが、

 同時に進んでいるところに困難がある、

 どういう困難か、

 生が深まるだけなら、、

 なにも、立ち止まらず、、

 ただ日々を励めばいい、

 死ぬことに向かっているだけなら、

 なにも、生の充実など顧みず、

 ただ終わりに向かって歩けばいい、、

 

 私は時々、

 日常にこの矛盾がふっと顔を出す瞬間に会い、、

 驚き、、

 ここはきれいになることを求める場所か、

 きたなくなることを求める場所か、、

 上手く掴めず、、

 きれいでも、

 きたなくもないその中間地点にたたずみ、、

 ゆっくりと身体が減るのを感じる、、

 いけないいけない、

 水を、

 何かまとまりのある物を食べなければ、、

 あたしはまた回転し始める、、

 なぜ、という、、

 水滴の立てる言葉をききながら、

 回転し、回転し、、

 回転したい・・・

<2969>「空白のなかでの身体のやり取り」

 生まれていもしない時日へ向けて、

 あなたのほう、という声が起き、

 当たる、

 四方へ、、

 あなたは目覚めのサインを受け取る、

 からだきばらし、、

 からだはなんのきないサインを、

 受け目覚める、、

 あたらしく吐いたり、、

 からだ痛めたり、

 休み回復することのなかに、

 新しい時日が、

 ひっそりと生まれる、、

 

 なかの様子、

 私はまた空白の場所に、

 気がついたら戻る、、

 ここがどこだか、

 はっきりと認識したまま、

 世界が、

 いつもより白いのを感じる、、

 あなたはどこから来たのだろう、

 私は、

 話したいことを持っているか、、

 私は、

 ただ命が、、

 複数の通路を持っていることに、

 少しずつ反応する、、

 ひろい、、

 世界はひろく、空白だ、、

 なぜか、

 知らない土地で、知らないまま、

 風を浴び、、

 風のなかで、、

 あなたの存在に近いものを、編み、、

 形にする、

 形になったものは、

 あなたの命に似た、

 しずかな風を吹かせる、、

 めいていなどしらない、

 複数の魂が、じっと、、

 この存在の立ち上がる場所を、見つめる、、

 からだたのしく、

 からだうつくしく、、

 

 あなたのからだと、

 わたしのからだ、、

 きいていることはおなじ、、

 ねえ、

 どうしてそういう様子なの、と、

 素直にきき、

 素直にふたつを混ぜていく、、

 ここには時間がない、

 この瞬間には空白しかない、、

 あたしは何に掴まっている、

 少しずつ溶けながら・・・

<2968>「吹きっさらしの生」

 人間の生、

 特に大人の生は、

 吹きっさらしです、、

 なにも膜がない、

 頼れる人やサービスは無数にある、

 人々とともに生きてもいる、

 それはそれはとして膜がない、

 吹きっさらしです、

 吹きっさらしだったんだな、

 私の父や母も、

 それで全て良しとはならなくても、

 吹きっさらしのなかに立たされていた、

 二人なんだということが、

 理解できれば今は上々じゃないか、

 一秒一秒真剣にならざるをえない、

 たとえそれが滑稽でも、

 人から笑われるような必死さでも、

 真剣であらざるを得ない、

 吹きっさらしの生にいることが、

 大人になることなんだと、

 これは特に嬉しいことでも、

 悲しいことでもありません、

 ただ静かに腹が据わってくるだけのことです、

<2967>「記憶と記録」

 古田さんが、

 ようこそ先輩で語っていたこと、

 記憶できることは記憶する、

 記憶できないことは記録する、だったかな、

 子ども心にとても深く胸に刻まれていて、

 文言は正確ではないかもしれないけれど、

 今でもよく憶えている、

 よく憶えていることを、

 この頃特によく思い出すのは、

 自分の記憶に頼らないということを、

 考えることが多いからなのだ、、

 

 人間は、

 大抵のことは記憶しているし、

 思い出せる、、

 だから、

 ついつい大丈夫でしょ、と思って、

 記憶に頼ってしまう、、

 しかし、肝心なことは、

 いろいろなことを大概は忘れないで憶えていられることではない、

 憶えていても、

 必要なときにパッと出てこなかったり、

 ずっと憶えていても、

 今この瞬間、

 欲しいタイミングで、

 ふっと忘れてしまっていたりすることなのだ、、

 だから、

 記憶力が良いという語り方は、いらない、

 どころか、

 厄介な邪魔者になる可能性が高い、、

 記憶にとどまっていようと、

 欲しい今のこのタイミングでだけ、

 忘れている可能性があるということを承知して、

 メモを残しておく方がいい、

 

 記録、メモは、

 外部装置である訳で、、

 それはあまりに優秀過ぎる外部装置であるが故、

 メモの習慣、

 技術が発達すると、

 私が一瞬、

 どこにいるのかが分からなくなるような、

 言いようのない不安を覚えるのだが、

 その不安はあってもいいものだし、

 外部装置とともに生きるものの宿命だ、

 常に、

 なにかメモしなければならないことを、

 忘れているような気がする、

 生でいいのだということ、

 強迫的でなければ、

 勉強などできやしない、と千葉さんは言う、

 気になることは、

 気にすればよいと森田正馬さんは言う、、

 この意味での不安異常であることを、、

 肯定も否定もせず、、

 自己の生の形として静かに鍛えていくこと・・・