<2992>「生きることはくやしい、how to entertain」

 生きることはくやしい、

 本当にくやしい、

 昨晩は私は家に帰ってきてから7時間ぐらい、

 ずっとくやしかった、、

 こんなにくやしいかね、

 生きることは綺麗事ではないな、

 私はボーッとして、

 美しい夢を見がちだけど、、

 決して生きることはそれだけではない、、

 泥の様な手触りのなかを、

 一歩一歩進めていくようなものがある、

 

 泥のなかは、

 上手く先に進みたくても、

 なかなか進ませてもらえない世界だ、、

 イチローさんが、

 あるときは後退しながら、

 時期によっては後退しかしない時期もあると言った、

 その言葉の響きをききながら、

 泥のなかを、

 どこに出るか分からないまま、

 進めているという歩みの実感だ、、

 

 年を取ることの利点は、

 あ、

 同じ苦しみが、

 同じ悩みが、

 前にもあったことを確認できるという点で、

 そうするとこの先に別に出口がないことや、

 ただぼーっと待っていても何も変わらないことや、

 時間が経てば別に全然平気だったりすることを、

 体験的に知っているから、

 ただ苦しみや、悩みがあるまま、

 ふつうに生活を送ることができる、

 

 その人の気分の波ももちろんあり、

 私に対して抱く印象の微妙な変化もあり、

 生きている集団は、

 いつだって一枚岩ではない、、

 それは家族だって、

 友達のグループであったってそうだ、、

 そのなかで、

 それでも、

 良い時間というのを探っていくこと、

 良い瞬間を探っていくこと、、

 そこはあきらめないでいこう、、

 全く異なる運命を託された人々が、、

 全く違う目的のために日々勉めるなかで、

 僅かの間だけ、

 同じ場所を共有しているということ、

 そのことの困難さと、

 そのことの喜びを忘れずにいたい、、

 簡単ではない、

 いやになったらすっと去ってしまう世界だ、

 それは私だってそうかもしれない、、

 そこでどうエンターテインするか、

 簡単ではない・・・

<2991>「身体が夢を握ること、血しかない」

 私は知る、

 環境も、気分を持っていると、

 私は歩く、

 特に何を考えるでもなく、、

 私は、

 想像した世界のなかへ、

 段々に進んでいく、

 この日々が不思議で仕方ない、

 当たり前に訪れようとしている、

 その日がこわくて仕方ない、

 私はドキドキする、、

 身体が夢を握っている、、

 夢を握っているとき、

 こんなにも生にはいろいろ起こるか、、

 こんなにも1日の密度が濃くなるか、、

 

 多分、

 何にも起きていないように見えたり、

 淡々と過ぎていたりするように、

 ただこちら側からは見えていることの、なかに、

 これ以上はないというような、

 ひとつの劇があって、

 その劇は隠されている、

 穏やかな笑顔で隠されている、、

 私は集中する、、

 自分の作業に集中する、

 エネルギイを、

 どのような形で通したらいいか、

 模索し、

 方向が定まりだすと、

 その勢いは濃く、強くなる、、

 私には血しかない、

 血しかないから、、

 交通整理をする、

 ここと、ここと、

 あそこを通ったらいいよという、

 道案内だけをする、、

 近くで人が呼び、

 私には現実もあることを思い出す、、

 

 生きていることは、

 なぜ複数なのだろう、

 生きていることは、

 少し分裂の気配、、

 だから、

 昔の友達と会うこと、

 家族と会うことは、、

 その複数さのなかに、

 線をひとつ通す作業、

 私は、

 穏やかなのかしら、

 と自分を疑うことがままある、、

 からだのなかで、作られた、

 私の血は、

 よろこびや、

 さびしさの形をしていない・・・

<2990>「技術を披露する、生きていること全般に緊張する」

 技術を披露する、

 まあ代償とまでは言えないかもしれないけれど、、

 良い意味でも、悪い意味でも、

 珍しいものを見ているような、

 視線を浴びることになる、

 それは心地良さでもあるのだが、、

 ちょっとぞわぞわとする、

 あたしのこわがりの部分に、

 少しそれら視線が触れてくるぞ、

 と思うことはある、、

 

 だからこそ、

 私はこれでもか、これでもかと自己を開いたり、

 ああこわい、こわい、

 こんなに求められるはずではなかったと、

 極限まで自己を閉じたりしていたのだ、、

 あんなにひらいていたのになんで、

 という疑問の視線に、

 ぶつかってきたことも多い、、

 

 それで、

 私は次の段階へ行きたいのだ、、

 何かの焦りから、

 自分の持っているものを、

 こんなんもあります、あんなんもありますと、

 提出し続けるのでもなく、

 こういうことが実は好きなんだと、

 言ってみる自然な流れがあれば、

 言ってみて、

 それでひろがればひろがるだけの、

 範囲で行動をし、行動を変え、、

 その受け入れの波が大きくなって、

 ちょっとこわさが私の中でひろがっていっても、、

 まあそう、

 なんでか分からないけど結構、

 受け入れられるのってこわいよな、

 と言いきかせながら、

 こわいまま閉じずに、

 現実と付き合う、

 その段階まで行きたいのだ、

 こわくなくなるとかはもっと後で、

 もっともこわくなくなる必要があるかどうか、

 それは分からない、

 

 基本的に、

 1か月の間で、

 平穏に過ごしているようでも、

 実はあらゆることが起こっているのは、

 記録を確認すればよく分かる、、

 1か月前の出来事は、

 私にとって大昔の出来事のように感じる、、

 それは良いことだろうか、

 分からない、、

 私は緊張しているだけだ、、

 時々何に緊張しているのか分からない、

 生きていること全般に、なのかもしれない・・・

<2989>「芸能者の生きがい、よろこばれるためにある技術」

 ねえ、

 あたしは居たよ、、

 こんなにふるえて、

 いつも、

 どこにいるのかが分からなかった、私を、

 掴むことが、可能になる場所に、

 まっすぐに居たんだ、、

 

 声をかけてほしいでも、

 かけたいでもないんだな、、

 私の情報が、

 少しだけ、

 うるさくない程度に渡れば、

 私の世界は、また、

 違うひろがりを見せる、、

 そして、

 何かができることは、

 提出の仕方を間違えなければ、

 うとまれることではない、

 むしろ、

 よろこんでもらえることだ、、

 あたしはこんなことが好きなんです、

 という、

 情報をひらいていこうよ、、

 よろこんでもらえることがある、

 これは芸能者の生きがいだ、、

 私が夢見る世界だ、、

 技術は、

 人をおさえつけるためにある訳ではない、、

 人をうれしい波に乗せる、

 一緒に踊らせる、、

 それが技術の一番のよろこびではないか、、

 だから私は黙々とトレーニングをします、

 好きだから、

 そして、

 私がよろこんで、もらえる範囲が増えれば、

 私自身がうれしいじゃないですか、、

 これは大事なことですよね、

 

 人が、

 あまりに自然な形に、かえり、、

 リラックスして、

 振動数が同じになるように、

 からだを作る、、

 からだは集まっている、、

 からだはあなたの声をきく、、

 あなたが集まってくる、、

 私は、溢れたまま、

 どこの水に合流しよう、

 迷う、

 迷う迷う、、

 しているうち、

 だんだんに気分が落ち着いて、

 あたしは、

 自らの呼吸をつくる、、

 自らの土地にかえる・・・

<2988>「現実に立ち、現実のなか、現実はなく」

 現実に立つ、、

 書くことのなかに立つ、

 二重性は、

 私の眠りや、

 覚醒の全体を、守る、、

 私は立つ、

 私はやっと大人の世界へ出てきた、、

 物事を、

 やる気があるとかないとかが、

 関係のないところで遂行する、

 その練習は、

 大人になる練習だった、、

 

 精神の、

 形をいれること、

 ほりこむこと、、

 あたしは果てへ、

 果てへ果てへ進むような、

 そんなイメージを持っていない、、

 ただこの、

 ぬかるんだ現在の地面を、

 一歩踏んでいくという、、 

 そのような、

 からだの出し方、、

 あたしは夢中になる、

 夢中になるうち、、

 現在が、

 どこのなになのか、

 全くわからなくなってくる、、

 しばらく名前も忘れて、、

 関係のある人々や、時代も忘れて、、

 わたしには、

 空間との呼吸の交流しか、

 残されていない、、

 身体は問いではない、、

 いくつものものごとが、集まりすぎて、、

 これがなにであると、

 かんたんには名指せなくなっているものだ、、

 

 現実は、愉快ではなく、、

 いつも見る青空は、

 そんなこととは関係がなく、

 あまりに綺麗だ、、

 私はあなたの時間のなかに流れ、、

 からだを厚くする、、

 本当しか、

 本心しかあなたを動かさない、、

 あたしはプラスなことばかり言っているだろうか、、

 なにか目的があるから、

 真剣だとも限らない、、

 お前のその本気の底には、

 何があるの、、

 身体のなかに走るいくつもの線が、

 各々好き勝手に話す、、

 私はまたそれをきき、、

 からだのなかに、

 もう一度戻していく・・・

<2987>「まっすぐに言う、positivity in the community」

 10代や20代で、

 照れずに、

 まっすぐにものを言うのは、

 熱意を伝えるのは、

 私には無理だったな、、

 はやくから出来ている人はとてもえらいけど、

 あたしはごにょごにょする時間がどうしても必要だった、、

 真剣であること、

 真面目であること、

 熱量があることを、

 まっすぐに伝えるには、

 時間がかかった、

 まっすぐに表現するには、

 時間が必要だった、、

 

 コミュニティが、、

 こんなところ、

 居たくないよね、

 見捨てられて、当たり前だよねって、

 放置されたままでいるのは嫌なんだ、、

 お世話になってきたこともあるし、

 人が、

 もう少し長く居たいとか、

 そこまで思わなくても、

 居たくないが、

 まあもうちょっと居てみてもいいか、

 になるぐらい、

 それは環境を変えていきたいと思う、

 それが私の一番の仕事だとも思う、

 根っこは芸人ですから、、

 そういうことをするようにしたいね、

 陽気さは命懸けです、

 

 例えばケンドリック・ラマーがね、、

 仲間たち、

 毎日悪いことに明け暮れて、

 こういうことをやめたいと思っていたり、

 抜けだしたりしたいと思っていても、、

 どうやったらいいか分からず、

 途方に暮れている、

 そういうコミュニティに対して、

 ポジティブな影響を与えたいって、

 まっすぐに前を見て言うんだよ、、

 これはなかなかできることではない、

 なんかそこで照れていたりした方が、

 周囲から得るポイントはひょっとしたら高いかもしれないけれど、

 そういうのを排して、

 まっすぐに言うんだ、、

 私も、

 こういう姿勢は真似したいと思う、、

 結局、

 ひとりになると、

 三つ子の魂じゃないけども、、

 まっすぐに情熱を持ったところにかえってこざるをえない、

 一切のてらいを排さざるをえない、、

 環境をよくしたいんだ・・・

<2986>「朝、おそれる、さびしい人」

 私は訪れる、

 朝は生まれる、、

 生まれたかったかどうか、

 そんな問いは、ない、

 朝は生まれる、

 繰り返し生まれる、、

 渡したかったものが、あった訳ではない、

 さびしそうでもない、

 私は生まれる、、

 私は生まれて、

 ここに言葉を置く、

 いきなり出来たことのショック、

 深い水の中に行く、、

 水の中で話す、

 水の中で揺らぐ、、

 また場に出てくる、

 また話す、

 また生まれる、、

 

 あなたが、

 期待と、

 それがかなわず、

 さびしい様子をしていることは、分かる、、

 分かるけれど、、

 そこで私がさびしさに応えたら、

 すぐに深くへ入ってしまう、、

 私はおそれる、

 私はまだおそれるけれど、、

 おそれながら、

 その場にいる、、

 そういう生き方を、、

 私は持った、、

 恥ずかしくてもいいんだ、

 私はまだ生まれたばかり、、

 生まれて、

 しずかにここを歩み始めたばかり、、

 面白いこと、

 大変なことが起こる、、

 朝起きるとき、

 緊張したり、

 大丈夫かなと思い、

 少し多めに汗をかく、、

 でも、

 この一連の仕事がなくなったら、

 私は困るよ、

 私はさびしいよ、

 私は楽しいだけ、、

 

 私がこんなに面白い人と出会えて、

 と言いながら、

 その人の、内世界の、

 荒れ方も気になる、、

 どこへ出てもさびしいような、、

 その身体のありかたも気になる、、

 緊張できる人、

 緊張できる、

 さびしい人のことが・・・