「あらやだ」
歩く、歩くと夫人の前に、これは、なにか? その男は不思議な立ち姿で、微妙に揺らいでいる。
「はて、この人は生きているのかしら?」
当然とは言えない、疑問ようのもの。しかし、その言葉を発させる、なにか。
(わたくしは、もはや生きているのに、死んでいるものです)
(いや申し遅れました。わたくしは、死んでいるのに生きているものです)
流れ、や、このタイミング、などなど諸々のことが分からず、夫人には夫人なりの微笑みと、困惑。まだ、夜の白々明け。意味が、
「意味が分かりませんわ」
ぶはっ、ぶう、ぶはっはっは。おそらくそれなりに、大きな怒りと構わぬ笑い。
(いやいや、いやはや、おみそれいたしました。あなたが直接に、ということではなく、次々設けられた架空の柵によって守られる世界。こぼれざるを得ない、と簡単に考えてみても、やはり残る私・・・。それから、意味などという冗談。これは、これは。ぶう、ぶはっ、ぶはっはっは!)
笑われて、右を見左を見、確かにこの男は、夫人以外にも見えている、ようだどうやら、そのことが不安と、ぐらつきになる。なんだろうこいつあ、よく見えるぞ。
(わたくしは、息を、吐いて、吸っているのでございますよほらこのように。皆さんも、フウ―、フウ―なんてひとつどうぞ、ぶはっ)
この世の中で、一番、シンプルな男。その男は揺れていた。夫人は、無理もない、そのこんぐらがりを、更に、更にと進まされ、ついに、ここいらでひとつを、決意する。
「あなた、一度家にいらしてくれないこと?」
はは、何故でしょうね。そう言うと、なにかが回転して、それは、これまでより、揺する、揺する。夫人は、おのおのかかとがやや、ずしと重くなるのを感じていて、
「あらやだ、まあ、どうしましょう」
などと。不思議に陽が差してこない。厄介な時間だと思った。