<2957>「質問より同期」

 人間が何かを探っている過程で、

 実は人より、

 人間が上手くなってしまった部分が、

 いくらもあるのかもしれない、

 その過剰適応は、

 時々気味の悪さとして出現するのかもしれない、

 まあそれはいい、

 毒として出た部分は、

 またどう混ぜていくのかを考える、、

 

 人と話すときに、

 質問が前提となっていると、

 少しこわい感じがするのかもしれませんね、

 というのは、

 受ける側になると少し分かる、、

 まずは、というより、

 主に感情の同期を心掛ける、、

 あんなことがあって、大変だったとか、

 うれしいとか、

 つらいとか楽しかったとか、、

 こんなに気持ちいい日で、とか、

 そういうことを中心に、

 

 私は別に危険にさらされて仕事をしている訳ではありませんが、

 多少

 あ、

 これは下手したら命が危ないかも、

 という場面に遭遇しながらになることはある、

 そういう現場は、

 ひとたび緊張がほどけると、

 みんなよくしゃべる、

 みんなよく笑う、

 あたしもよくしゃべり笑う、

 これも感情の同期、その推移で、

 こわいこわい、大丈夫かなあ、

 ああこわかったね、

 何事もなくて、

 みんな無事でよかったね、

 という安心した笑いだ、、

 危険と隣り合わせだと分かっていても、

 くせになってそういう場所へ何度も戻っていってしまう、

 そういう人の気持ちが分かる気がした、

 

 日常のなかで感情を少し、

 他人だからみんなぴったりとはいかないけれど、

 感情を少し合わせてみる、、

 それが、

 質問するよりも自然なコミュニケーションなのかもしれない、、

 あたしもあなたも、

 シンプルに肉体なのだからね、、

 

 私ひとりでできることは多くないけれど、、

 ある方向性を持とう、

 そちらへもってチームで動けば、、

 何かは起こせますよ、と、

 伝える立場なのではないか、もう、

 現実は他人事ではなくなった・・・