<589>「血液がまず起きて来た」

 いつもと違って静かな音だった。どうしたのだろう。止まって考えないでもないが、やはり親しい事と、どうしようもなくバラバラになる事がセットだと言うのだ。

「そんなはずはないでしょう。もう一度よく確認してもらえませんか」

何を確認したらいいのかがよく分かっていないので曖昧に返事をしいしい、さがっていくどこまでも背景にさがっていく。話さねばならないことがあるようなフリをして多め多めにまた言葉を用意して、ニヤニヤ、ニヤニヤと笑っている。

「大体のことは分かりました。大体のことは分かりましたが、徒労という概念とは無縁だというお話は、ハッタリですか実感なのですか?」

どう言おう。ただ血液の動きが明るさを用意したりしなかったりするのだなどということを、ここで話すべきであろうか。もちろん、何か禁じねばならぬものがある訳ではなかったのだが、禁止はしかし増えていった。一体これだけ禁止が増えていくということは何なのだろう。スタートしちまったというのが大体のところではないのか。すると、禁止が全くないという訳にもいかず、

「スタートしちまったらどこまでもゆきやすいよ」

と一言言ってくれる人が必要になるのかもしれない。そういう性質を持っているのだから気をつけるに越したことはないということを。

 だんまりを決め込んだ。またあとで話すためではない(またあとで話すにしても)。今ここに言語的な何かを足すのは間違いだという瞬間が必ずあって、私はそれに捕まえられたのか、あるいは捕まえたかしているのであった。全面的に分けてゆこうよ、というテーブルにはつかないのだ。