<1123>「唇から灰がこぼれる」

 彼はまたなにか分からない方法でゆく。

 ゆえに、また起床し、ゆく。

 人は、よく考えて決めた。

 わたしには前提がなかった。

 よく考えることが、決めることと一致していなかった。

 そこで、灰になると言われる。

 灰はただわずかな風で吹き上がるだけとも言われる。

 灰はまだわたしにとって新しいとも言える。

 言えることが増えてゆく。

 唇から灰がこぼれた。

 まだあたたかく、そして、なにのためにあたたかいのかも分からないまま、灰は、唇をそのままこぼれ、どこかへ過ぎてしまった。

 こぼれた後で、歓びは静かなものとなる。

 ともかくも、ここで、声は、灰を演じ切ってみせた。

 灰は、灰は、声になった。

 人は、焼け切っていないので、焼け切らなければならないと考え、灰になると喜んだ。

 短い場面を持ち、縦横をゆききし、列になり、かたまって、うつむいた人を招く。

 訪れうる限りで一番華やかな場所。

 人々は白や黄、それから赤などで、わずかに進んでいる。

 声と空が近い。

 わたしや灰は仲間だ。

 手は頻りに、沈黙を触っている。

 今さらのように、しかし、過去からずっと晴れている。

 匂いはずっと立ち昇り、晴れている。

 (人々は白や黄、それから赤などで、わずかに進んでいる)

 流れる水に道を譲り、誰を訪れてきたのかも忘れてしまった。

 放っておくと、僕は生きている場所になるから、たまに訪れてくれよ。

 そうして訪れて、今は誰かは分からない。

 晴れているからかもしらない。

 他に見つむべきことのないからかもしらない。

 馴染みのある声が聞こえる。

 ひとりの記憶のなかに紛れて口をつぐむ姿。

 歩道の色。

 僅かに傾く。

 気がつくと喋り、声のままで驚く。

 ただの道行きの裏側で、

 ただの通う水の裏側で、

 ただ前触れもなく晴れ、声を誘う人。

 一度も灰の夢を見ないわたしのように。

 わたしのように、灰も見えない、その道行きのように。

 過去からただに、あけらかんとして、

 取り乱しもせず、ただその列を口にくわえてゆく人。

 まだあたたかい。

 まだ灰はまだまだあたたかい。

 隣の人のことはかつて一度も知ることが出来なかった。

 せめてわたしにうろ覚えの言葉のもうひとつやふたつあれば・・・。