<2584>「『Winny』~星を見つめ、空を飛んだ人」

 シラスの放送を見て、それでようやく映画の方も見れました。

shirasu.io

winny-movie.com

 シラスの方ではいろいろとぶっちゃけ話があり、それはそれで面白かったのですが、

「そうすると、もしかしたら映画は演出過剰なのかな?」

といささか心配しつつ、いざ映画を見てみると、多少の演出などはありつつも、割と淡々と物事が進んでいくような感じがし、ドキュメンタリーとまでは言わないまでも、それに近いような質感だなと感じました。

 

 変にドラマチックにしたり、エンタメチックにしたりしていなかったので、とても見易かったなと思います。

 

 

 本筋に関係ないところで言うと、最近見に行った『老ナルキソス』の田村さんが裁判官だったり、傍聴席に阿曽山大噴火さんがいたりして、勝手にひとりでプチ興奮しておりました。

 

 

 タイトルにもつけましたが、金子さんは、星を見つめる人だったのですね。

 遠くに輝く世界を、一心に見つめて。

 それが、金子さんにあった元々の素質を、遥か遥か先まで引っ張っていく力にもなっていたし、同時にまた、それがある種の欠点としても作用して、この騒動のように、決して悪いことはしていないのだけれども、遠くの方にある、自分の憧れの世界を見つめ過ぎていて、普通の人だったら丁寧に避けて通れるような罠が張ってあるところへ、知らず知らずのうちに入ってしまったというか。

 

 でもまた、そうやって人を陥れようとか、悪いことをしようなんて一切考えず、自分の理想に突き進む人だったからこそ、皆が応援し、助けようという気持ちに自然となれる、という側面もあって。

 映画のなかでもよく描かれていますが、なんというか、どうしても放っておけない魅力があった人なんだな、付き合っていて気持ちの良い人だったんだろうな、というのがひしひしと伝わってきました。

 

 

 それから、何か特定のエピソードに関することではないのですが、金子さんや、弁護士の秋田さんの生きる姿勢に、学んで真似しなければと思えるところが多々ありました。

 

 腹の立つこと、悔しいことがあっても、決して怒らないし、声を荒らげない。

 だからといって、物事を放棄してしまっている訳ではなく、むしろその反対で、タイミングが巡ってくるのをじっと我慢して待ち、それがいつ来てもいいように、ひとつずつ、淡々と目標に向かって準備していく。

 

 周りが上手く行かなくてヘコんでいても、明るく、時にはコミカルに、まだまだここからだからね、大丈夫だよ、と声を掛けることが出来る。

 

 元々の性格もあるかもしれませんが、少々大袈裟に言うと、人間の姿勢って、訓練すればここまでの水準に至ることが出来るんだな、と思えて。

 

 そういう姿勢でいようという意識でいれば、人間は、そういう場所にまで到達することが出来る、という見本を見せてもらえるのは、大きな希望だなと感じます。

 

 

 金子さんは、本人からしたら永遠にも思える年月を、大好きなパソコンを取り上げられた状態で過ごしました。

 その状況を、自分自身に置き換えてみると、

「うん、私だったらやっぱり怒って暴れまわってしまうかもしれないな」

とふと思って、まだまだ人間が出来てないなと思う次第でした。

 日々修行は続きます。