<2794>「『市子』」

 呼吸が、上手く出来ない。

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 過去は関係ない。そんなものとは関係なく、今を生きることができるんだよ。

 全くもってその通りだ。

 

 過去がどうであろうと、あなたは今から幸せに生きていいんだよ。

 全くその通りだろう。

 

 だが、あった過去を殺し、なかったことにし、スルリと滑り出てきて成り立たせることの出来る、普通の、幸せな今とは何だろう。

 

 居たはずの人がおらず、居なかったはずの人がいる世界で、普通の生活を送れるということは、一体どういう種類の、どういったことを指すのだろう。

 

 過去はどこまでもついてくる。

 それが、身体の世界にいるということで、身体の世界を完全に離れたビジョン、景色を夢見、成り立たせられるように思えても、そこは、遅かれ早かれ退散しなければならない場所となる。

 

 私の身体との、繋がりが何にもないからだ。

 

 普通に生きるということが、想像出来ないのではない。

 普通に生きるということが、あらゆる意味で、身体的に不可能になった場所から、生を始めなければならない、ひとつの、いや、複数の生があったのだ。

 

 私は全てを振り払いたかった。

 全てのものを振り払って、普通に、自由に生きたかった。

 でも、私は皆と同じように、替えの利かない身体だった。

 全てを引きずる身体だった。

 そこだけは、何故か周りの人々と平等だった。