2017-07-01から1ヶ月間の記事一覧

<281>「青い好色の男」

その男は空中を噛むと、大胆な太陽を引き寄せた。閉じた目に空間全体として刺さる球体は、出口を探してやや勢いを強めると、覚えず、道案内の白い一筋を裏切って、開かれた目の前で急速に縮まった。横暴を恥じるかのように、微かに呼吸を深くする。それとこ…

<280>「つく風」

青やかに、朝まだき風の群れが、不都合に目覚めをそそのかすと、しばらくして戻っていく。長い確認が、穏やかさを植えつけつつ奪い去ることを予感する。ここは私の眠るところではない。 丁寧に暗さを抜かれた空が、一体となって誘い出す。遠慮がちにびゅうび…

<279>「難儀する鉛筆」

不合理な名前を、ひたすらに呼んで、ろくに交わしもしない会話を踊らせた。午後のけだるさ、よく見えるものは皆素早く動き、その色を証拠に捕まるのだ。担当でないという戸惑いを、表に出すか出さぬかの違いだけで、私もあなたと同じような余所者だ。恥を知…

<278>「夢の中」

今まで会ったこともない人、見たこともないものに出合っても、 「これは、以前どこかで見た光景をいろいろと組み合わせて出来たものだ」 とは思わないだろう。しかし、夢で同じような場面に出くわせば、 「ああ、これは私が以前見たもののあれこれを組み合わ…

<277>「行動に出るということ」

例えば、家族のある人と関係を持つことの何が悪いのかは分からないけれども、その行いによって、その家族全体を不幸にする、大方の人はそのことにひどくショックを受けるということを知っているから、わざわざあえてそういう行為には及ばないという人と、家…

<276>「何に見放された」

見放されたと感じるとき、実は自分が見放しているだけだったりするし、不快な気持ちにさせられたと思うとき、大体自分も何か不愉快な行動を起こしていたりする。全部が全部そうだという訳ではないが、そういうことが圧倒的に多い。例えば、相手が不愉快な行…

<275>「なにかあるところへまた」

思うに、関係があるという気分に入るのは、過剰に集中した結果として、ぼーっとするためなのだろう。その過剰な集中が解けて、ハッと我に返ると、まるで対象と自分とは関係がなかったような気持ちになる。ここで肝要なのは、ハッと我に返ったときの状態が正…

<274>「なにもないところへまた」

関係がある、というのは随分と奇妙な問題だ。関係があるのか果たしてないのかという戸惑いが、人を微妙に寄せつけない。それは分かっている。しかし、自信を持ってあなたと関係があるともまた言えないのだ。ない訳ではないのだろうが・・・。 関係があると認…

<273>「太く根が張ったものへ」

本当は分かっているのに分からない振りをしているのか、確かに違うと思っているから戦っているのか、分からなくなることがある。小さな頃、まだ批判能力もない頃に叩き込まれた価値観ほどそういうことになる。社会の一員としての地平に立てば、確かにそれは…

<272>「身体が全て間違いになるまで生きる」

時の経つにつれ、間違いの数は少なくなっていくのかもしれないが、既に犯した間違いは、自分の中で段々に濃くなっていく。間違いの数が今になって少なくなってきたことなどまるで関係のないほどに。 何かに向かって人間が完成していくとするならば、それは間…

<271>「自分の眼玉」

本当の~は、などという限定のつけ方はケチなもので、あまり好きでないと、何度か書いたことがあると思うが、どうしてそういう限定をつけたがるかと言えば、自分があるものに対して抱くイメージ(人生とは、天才とは等々)と全く逆のイメージを抱いていてそ…

<270>「関係するのではなく関係を作るということ」

結婚している人が高い評価を受けたり、恋人を作る、という言い方が当たり前に為されることの訳がようやく分かってきた。 つまり、人間の頭数を揃えることが社会にとっては最重要事項なのであり(貧困や劣悪な環境などがあったとしても、人がいれば国は成り立…

<269>「忘れられた家」

忘れられた家がある。それは、胸の中の夜を通して、街灯をひとつ揺らした。浴場の匂いが、ほんのひととき、悪事をさらっていき、佇む群衆の中で静寂を振り返らせる。目的を失った今でもなお暖かく、陽気さが顔を出すのを待っていた。 しかし、家は忘れられた…

<268>「草と根と」

草木と私と、ただ在るというだけのことで、どうしてここまで明暗が分かれるのか。それはひとえに、忙しないからだ。出不精な存在のどこが忙しないのか、いやいや、草木と比べれば違いは明らかだ。自分のポジションというものが定まったら、絶対に動かない(…

<267>「余剰分も生まれては生きている」

美しさでないものは深さを増した。萎れていくものの横で、色をも増やす。むろん、よりひとつの色が濃さを増しもしたのだった。美しさであるものの汚さを静かに見つめ、微かに笑いもしなかった。若いというのはどうにも頼りないことだった。身体がよく動くと…

<266>「効用とかではないものは」

効用がないもの、正確に言えば、「効用とかではないもの」について、支持したり、擁護に回ったりすることにはとてつもない難しさが付き纏うなあ、といつも思っている。 「どうしてそれが必要なのですか?」 「別になくてもいいのじゃないですか?」 という質…

<265>「除け者」

何の返答もない空間で、黙って立っていることが出来ない、ただ座っていることが。最初から既に除け者であることの証拠として、これ以上のものはないではないか。答えなんて誰も必要としていない空間で、ただひとり、ただ一種類だけがそれを探している。尤も…

<264>「ただただ」

ただ在るということに対する恐怖や憎悪は相当なものになっている。私だって、最初から最期まで、ただ在るだけなんだ(中で何をやろうが)ということを意識して、怖ろしさを感じない訳はない。しかし、生き物なんだ、ただ在ることは他の何よりも自然なことで…

<263>「明日になる、夢はまだいない」

どこを追う、分別のつかない風が、丁寧に音だけを通し、雨は表を叩いた。吸収された空想は影になり、影だけになり、今や追う人はいない。二層三層の拘り、意味もなく震動を伝え、見つかるものはと言えば、だらけた動き、虚ろな集中。徐々に、明るくなること…

<262>「月が進路を失う」

難解も繰り返されて、今度会う日の峠が徒に、夕暮れの到来を遅らせる。汽車は冷静に、あくまでも冷静に、夢を見ない夜を順々に辿り尽くす。ああ、鈍い響きを引きずって、ひとり、ふたり・・・。この夜に、歩みが僅かばかり足されることは一体何であろう。帰…

<261>「夢には似合わない」

時々の説明は、理解のし難さだけを強化した。会場をスッと抜けていく姿を追いかけて、若者は足を速めたが、何も、逃れるというような有様ではなく、ただ家に帰るような足どりだったので、急ぐのをやめ、そのままついていった。途中、休憩なのか、公園のベン…

<260>「日が過ぎる」

批判の急先鋒たる夫人は、不思議な夢を見た。あるいはそれは夢ではなく、誰かが直接語りかけているようでもあったのだが、むろんそれでも夢に違いなかった。何か大変良い印象を抱き、それが誰に向けてなのかは分からず、夢の常で、何を言われたのやら、起き…

<259>「顔のある店」

店の前に立つと男は、顔をゆっくりと上下に動かし、小さな戸を引いた。いくつもの顔がこちらを見ている。喜怒哀楽はもちろんのこと、戸惑い、薄笑い、恥じ、癇癪などなど、種類は無数だ。 「どれにいたしましょう」 店の主人が、倦怠と憎悪の隙間から顔を覗…

<258>「尋常な速さ」

案内人が先に立つ。一切こちらに目もくれないことで、残された時間が短いことを示していた。まさかその相手が私だとは・・・。大袈裟なリアクションに、彼我から違和が即座に差し込まれ、静まり切った時間に傾げた小首がなだれこむ。一羽の鳥は尋常な速さを…

<257>「また当たり前に会う」

人がいなくなるという感覚が稀薄で、自然に反応は淡泊になる。ただ、淡泊であるからといって、何も感じていない訳ではなく、よく考えたり思い出したりはしていて、もうよほどのことがなければ会うことはないという事実を承知しているにしろ、こうやって何ら…

<256>「もう夜だ」

風景であるための絵、材料の持ち合わせがない。存在しない壁のようにして浮遊する無色透明の塊は、執拗に筆に取り縋る。予定外の船舶は、風にやおら興奮をもたらし、なだめるような呼吸を為す、その灰白色。帰っていく素振りを見せつつ、波は行列を形成し、…

<255>「森を食む囚人」

間違えられた囚人は、獄舎の中で森を食んだ。長たらしい沈黙の後で、靴音に似た音すら聴き取らない項垂れた拒否を、落胆の跡と見るのは当たらない。 勘違いの窓辺、看守は緩やかに己が捕らえられていくのを感ずる。そろそろと俯いた顔を覗き込み、まるで視線…

<254>「ある人の話」

こういう人があったという。その人は一家の主。あるとき妻と娘共に誘拐に遭い、例に漏れず電話での脅迫を受けた。悪戯だと思ったか、どうしようもないことだとひとりで決め込んだか、理由は定かでないが、その人は犯人の要求の一切に応じず、警察にも連絡し…

<253>「私はどうしたって日常だ」

繰り返しの道順が先に見えてしまうことに何か苦しさがある。実はその繰り返しの作業内容自体は大した苦しみも齎さないのだが、迎えたくないという訳でもないのだが。頭の中で先取りされることに苦しさはある。またちょっとしたら同じ場所に戻るのに、わざわ…

<252>「舌、埃」

無表情がゆっくりと迫って来る。ぎこちなく笑った分だけ、何だよと言った分だけ追い込まれていくのを感じた。漸次変化、拡がったものは壁であり、鼻の腔は出入り口ではなかった。窒息した壁は休まるところを知らず、酩酊のタチ。千鳥足の渡る唇は、渇き、潤…