<269>「忘れられた家」

 忘れられた家がある。それは、胸の中の夜を通して、街灯をひとつ揺らした。浴場の匂いが、ほんのひととき、悪事をさらっていき、佇む群衆の中で静寂を振り返らせる。目的を失った今でもなお暖かく、陽気さが顔を出すのを待っていた。

 しかし、家は忘れられたのだ。忘れられた家は場所を取る。聞いていない話だ。素通りが日に日に煩く、嫌な想像をそのまま夢にする。勢いを増した太陽は遠ざけた視線のように強く光り、汗ばむ明かりと共に窓を揺らした。ボウと映り出て、開き方を忘れる玄関はどこまでも続く・・・。