<2015>「対坐」

 静かにあなたが燃えているのだけを、

 私は見ていた、、

 前方に、深まった手の時間が見える、、

 あなた、、

 全ての欲を、

 全ての時間を超え出てやろうというそのたくらみが、、

 どこまでも業欲なのを知っていますね、

 知っていて、なお、、

 あなたはそうして、黙って、水をカエている、、

 私は黙って座っているしかありません、

 いたずらに、

 生きた後の人のことなどを、、

 身体へ向けて、問うような、、

 私の仕種が、どこにあったのか、、

 それがこぼれたときには、、

 もう、

 あなたも水も、あたたまっていて、、

 もうヤワらかくありました、、

 

 あなたのその欲の話は、

 私もおもったことがありますよ、、

 これで、しかし、、

 静かな水の中に沈んで、

 一音も立てないような場所に来ると、、

 私には何も、

 欲などなにひとつもないという気持ちになります、、

 しかし私の水は、、

 その感情の、もう少し奥で、、

 だんだんだんだん熱を、持ってくる、、

 私は熱いことはないのです、しかし、、

 もう火にしか見えない、

 と衆人に、思われるところまで来たのかしら、、

 あなたはそうです、、

 それは私もそうなのですから、分かります、、

 あなたは現実が剥がれて、

 そこに水が、

 あたたかい水がこぼれていく場面を、

 当たり前に描いている、、

 ものぐるいでしょうか、

 いえ、なにも、、

 無理に否定なさらなくても良いことです、、

 

 あなたも、

 このだだひろい道に、、

 自身の行を作った、

 行を作ったら、

 それは断絶がまた深まったといってもいいのかもしれません、、

 何かの為にする訳ではないのですから、、

 ですから、

 もうひとつ通路を、、

 静かに、心地の良い風が通う、

 ひとつの道を、、

 用意しておくと、いいとおもいます、、

 あなたもまた、

 底の方で、、

 水の温度が高まってくるのを、完全には知らずにいるでしょうから・・・