<1860>「水の時日へ染みる」

 沈み、あの手に、当たり、、

 私は前を見て、

 その方向へ、ひとつの声をつける、、

 揺れる、その筋の中、

 また揺れを剥いで、

 身体から今また続くものに新しい液、、

 は、私は通ず、、

 この風景のなかへ新しい液を持って、

 揺れてくる、、

 揺れてまたその状況のなかへあるく、、

 私は日をまたぎ、、

 そのなかへ駆けながら、、

 はげしく回転する、

 ひと日、ひと日の興奮のなかへ、、

 私は生み落とされる、、

 静かにここへ剥がれている、、

 

 私は時刻を待ち、、

 しらないうちに、そこへ流れていくと、、

 なにが、なにやら、、

 たしかにはせないまま、、

 誰がここに生まれていくの、

 誰がここに剥がれてくるの、、

 ひとつの時刻を見ながら、

 次々に肌をあらはして、、

 また流れて続く、、

 じたいこれが染みて、、

 あたしの方途には液がしたたるのだ、、

 どこから、どこから、、

 なにと、

 空気にさわりながら、、

 お前はそこに附着する、

 どこまでも生まれて、、

 どこまでも沸き、、

 どこまでも生きたところで、

 静かな熱情の日が、居る、、

 そこに身体を立てている、、

 

 私はそのつややかな灰色の肌に触れる、、

 そこで身体を出す、、

 いつの粒というか、そのもの、

 全てが流れて、

 ここに静かにおさまっているのの、

 みだれを、

 いくつも見出し、、

 私はここへ来て平らな気分になった、、

 次から次へ立ち、、

 次から次へ上がる、、

 私はこの全身のなかへ潜るのだろうか、、

 どんな、水の温度、、

 次々に散らばるものを見て、、

 これは何に凝集する、

 次はどこで生まれる、、

 あたしはどこでこの肌にさわる、

 と、

 ひとりで泡を吐き、、この道へ連なってきた・・・