<906>「経るケの匂い」

 ふるっ。ふるっ。過去どの音(おと)をのぼってきたか。それはいざどんな模様で、わたしに手を振っているのか。

 音声のなかにわたしがふとよぎるとき、景色を取り巻くは、空気の揺れを・・・。人(ひと)はいざ、大音響のなかにすっぽりと嵌っていくはよし、たれの言(こと)をかうむっている・・・。

 ゆずりを受けたところへ、ゆっくりゆっくりと巻き戻してゆくはただ、鈍色のためらいの、新しい素(ソ)‐振り、新しい口調の悲しみ・・・。

 続きを待つ人(ひと)の喉へ黄色く映るあなたの表情を(何やら喉へ張りついて顔をしかめる人(ひと)、それから人(ひと)・・・)、日常音声のなかへ混ぜて掴む。そのときの態度、顔色に、わたしの全て、以外のものが映っている。どのような眺め方も拒絶されてここにぼんやりと一音(いちおん)として揺らぐ・・・。

 音(おと)は移り葉の形を丁寧になぞるとき、それはたれの目をもだまくらかしてスルスルと滑っていった。わたしなどは仰天から少し走り出しもした。

 震う・・・。急激に歩行のフリをして、とどまらず、道に溢れ、眠り、目覚めたつもりをする・・・。彼はひとひらに全てを乗せていた。それで、雨なのかなにかも分からなくなるまでに自身の姿を移し(映し・・・)、きていたのだ。

 人々が一様に耳をすますとき、おそらく通りのなかでおとなしく振るうのは、過去と音(おと)と道・・・。

 懸命にまくり上げてまだのあの空洞へ響け! 響いてくれ・・・。あたしは既にくしゃくしゃにしたはずの他者と再会している。そこにはまだ毛の持つにおいがあった・・・。

 一様に言(こと)。しかし、造作もなく葉先を伝う・・・。