<810>「水のなかで、夢は透明になる」

 人間がひとりで夢を見ていた。

 僕は願望を見ていたのではない。

 苦痛をそこで消化したのでもない。

 懐かしさにかまけていたのでもない。

 誰か。

 何故か。

 ひとりの人間に対して、経験は多すぎる。

 私は夢に溢れた。

 私は無意識にあぶれた。

 あの人は30年間家の外へは出なかった。

 あの人はホテルを借り切って、ひとりの人間には多過ぎた経験を終生振り返っていた。

 無意識は無邪気な夢を見る。

 無意識は舞台を創造する。

 覚醒してばかりの人々にめちゃくちゃだと言われながら。

 溢れて多くなり過ぎた経験は夢を作る。

 それ以上ではない。

 分解したとはタが言うた?

 あれは夢だ 現実ではない。

 現実のなかで経験が溢れる。

 私は私に重なり過ぎる。

 そのことが分かるとあの人は30年間家の外へは出なかった。

 ホテルを借り切って終生後ろを振り返っていた。

 打刻。

 打刻。

 刻まれる音だけがこちらへ静かに響いてくる。

 嘘のつけない人々のために経験は過剰になってくる。

 経験は踊っている。

 現実のなかで過剰になるものは踊るしかない。

 現実に違いない人間のなかで懐かしさなどはまあもういい。

 次から次へ重なるだけ。

 音のする ペラペラと、そこで洪水の私。

 私は水を飲む。

 水のなかで夢は透明になる。

 経験が揺れる。