<146>「ある空白の一点から」

 ステップアップの考え方に立てば、次第に経験は強度を増したものになっていくべきだし、濃い経験をして、またより濃い経験をして、という進み方をして、完全なゴールではないにしろ、ある程度の段階にまで達することが望ましい、というようになっていくから、当然経験が浅いうちは、

「まだまだ甘い」

ということになるし、経験の濃度が低い、強度が低いままで平気に暮らしている人は、

「本当の人生」

を生きていないことになる。

 しかし私は、ある空白の一点から徐々に湧き出し滲み出ししているのが人間の生であるという考え方に立っているから、何かの階段を徐々に上がって行っているという感覚を持たない、甘い人生も辛い人生もない、経験を濃度で区別しない、当然、何かに達することが重要だとは考えない(結果的に達したとしてもそれはそれだ)、「本当の人生」という観念を持たない。むろん、それぞれに考えはあるから、「本当の人生」なるものが確かに存在して、そこに至らない限りは、未だ本当の人生を生きられていないと考える人がいたとしても、それは別に何の問題もない(他人の領域に入ってきて押しつけなければ)。そういう人は、「本当の人生」なるものを探して、そこについに辿り着いたと思い、そこまで達しているように自分からは見えない人を、

「本当ではないな」

あるいは、

「あの人は全然甘いな」

と思っていれば、それでいい。