ねえ、
生きていることが、
とても楽しかったらどうする?
うん、
別にどうもしない、
うん、
どうもそうなのだ、、
私は、
生きているということが本気です、、
現実の時間に、
うまくくっついてこれたのかしら、、
私には、
嫌いという感覚など、
存在しないと思っていた、
でも、
ちゃんとあるんですね、、
本気になってやりたいと思えば、
本気でないことに対して、
嫌いは発動します、、
私は、
こんな熱のなかに居た、、
こんな風景のなかに居た、
はじめて生きている、、
私が生を掴むために、
真剣さは不可欠だった、
はじめて生きている、
なんだか分からないけれど、、
からだじゅうから涙が出てくる、、
私は水に流される、、
あなたのはじまりの場所、、
わたしは存在する場所、
ひとつの日の中、
ひとつの命がよんでいるなか、、
あたしには絶対通したいものがあり、
それが、
だんだんと育っているのを感じると、
ドキドキする、
ドキドキするだけではないですね、
純粋にこわかったりもするのだけど、
どうだろう、
どこまでいける、
どこまでいけるとかではない、
こんなところで、
倒れてたまるか、
こんなところで、、
終わってたまるか、、
そういったくやしさは、
どこから来たろう、、
生きていることを、静かに見つめて、、
あなたの道を、
たとえば誰もけなさなくなって、
ほめられるばかりになって、
もの足りなくなっても、、
なにくそ、という気持ちは忘れない・・・