<2668>「存在する父、存在しない父~過去と治療7」

 父は、家庭だけでなく、ちょうど私が中学生ぐらいのタイミングで、会社でも何かが上手く行かなくなっていたのかもしれません。

 帰ってきては酒を飲み、家族に嫌なことを言い、そのことで家族が嫌な顔をすると、それをきっかけとして掴まえて、キレて当たり散らすということを、続けるようになりました。

 

 私は、キレるきっかけを一切与えないため、父が何か言っても、反応せず、表情ひとつ動かさないという、抵抗の形を取ることにします。

 そして、既に内化し始めていた、私は存在しないという妄想をうらっ返し、

「私の世界に父はいない」

ということに決めて過ごすようになりました。

 

 何かを伝えないといけない場合だけ、仕方なく話すだけというような状態になったのです。

 

 緊張関係はその後もずっと続くこととなりましたが、父が暴発するような機会は、抵抗もあり、次第に見られなくなっていくようになります。

 

 しかし、いくら私の中で存在しないことに決めても、現に父は存在し続ける訳です。

 父は、私の妄想のように綺麗に消えてなくなる訳ではありませんでした。

 

 次第に、この冷戦の只中に置かれ続けたことにより、父が妄想のように綺麗に消えないことに焦れ、私は、それが何かとは明確に言うことが出来ませんが、この家族の問題に、どこかで私自身が、「決着」をつけなければならないと考えるようになりました。

 

 それがいつになるか、今日か、明日か、もし今日父が暴発したら、確実に、間違いのないような仕方で、「決着」を、それが最悪の結果になろうとも、家族全体が先へ進むために、私が「決着」を、「決着」をつけなければならない…。

 

 そんなことを考え続けていたら、両親は、引っ越しをきっかけに、離婚することになりました。

 

 急なことでした。

 引っ越し当日、一言、二言会話を交わしただけで、その後、父は私の目の前から、今度は間違いなく本当に消えました。

 

 「決着」をつけねば、という考えが、私の中でふっと溶けていき、それがこの上ない安心感をもたらし、同時に、「決着」をつけられないまま、この問題が突然消えてしまったことによる戸惑いも覚えました。

 

 

 私は存在しない。

 私の中に父は存在しない。

 

 その妄想は、時間をかけて本当になりました。

 

 父はいなくなり、私も抵抗の足場を失うことになりました。

 

 私は気の抜けた、透明な人間になりました。