<1710>「個人の一室で」

 多量の日を含んで、

 その場に動き、生きているもの、

 を、

 おい、ひとつ、呼んで、ここへ、落としていこうか、

 落としていくものに日を、

 含ませて行こうか、、

 と、言いました、、

 

 私が内部で、

 あとは何も外部環境なのだよ、というところから、

 スタートするのは良い、ただ、、

 それが、それ自体が普遍的経験で、

 内部にいて、あとは全部外だ、と感じている、

 そういう経験しかない、世の中には、そういう経験しか転がっていない、個人としてしか存在し得ないのだから、ということを、上手にイメージすることはなかなかに難しい、、

 皆さん、という呼び掛けは、

 冷たさによって無視されるというより、

 馴染みのなさにより実感のないものとして響く、という方が正確であるのだから、

 そういう、外にあるものは強固で、自分の外にある人々、物々は強固で、

 自分だけ場から外れているという感覚、

 内部が強く感じられるだけにそこから浮き上がっている、おのれだけ、という感覚自体が、ものすごく普遍的なものだということを掴まえることが肝要になる、

 個人が、個人に出会うにはそれを掴まえるよりほかにない、

 つまり、「みんな」や、「他の奴ら」という形で言い表されるものは実体がないということ、どこに行ってもそんな言葉で形容される人には出会うことがないということ、

 具体的な、ひとつの身体にしか出会わないということ、、

 この一室が、全ての「個人の空気」に通じているということ、、

 

 あたしはあくびをした、、

 身体は煙のなかにのびていき、、

 それぞれにはしゃぎのあとを眺め、

 照れる隙間もなく、

 ほどけていること、、

 ほどけたままでその時間に長いこと、居るということ、、

 私は、個人的な煙の記憶を、あなたに語っていた、

 それが、なにもない日のなかに、

 小さな空気を含み、、

 あ、こんな記憶は何もない日のなかに、混じって、、

 小さな空気を含み、

 あなたは、あ、わたしも、話したところで、なにか伝わる訳でもないというものを、持っているはずだ、と思った、、

 でも今は煙だ、

 今は煙になって、それがどこへ流れるか、

 もう、こうして長い時間ぼうやり眺めていることになるぞ、と思ったのだった、、

 静かに笑った、

 静かに笑っている時間は、相手との空間も程良く保たれて、

 静かに笑った、、

 ちょっと、この時間の中に生きているのは、不思議でしかなかった、

 なにだ、この隙間は、煙は、ひとつの流れは・・・、