間仕切りの外で、、
私は細かくなって、、
それぞれの音響を、発声を、
それぞれで、受け取っているとする、
描線、
粘性をあらためて目にするような、、
私は分かれていく、
陽だ、
どうして、陽の前で、
乱雑でありえようか、
私はただいちかしょを見つけて溶けているだけである、、
テンポ、
いくつもの線が、
線に次ぐ線が、、
身体のなかを通り、、
しばらくのあいだ、立体的に、、
用意された音、は残らず通るように、
ここ、それから歩くに際して、、
もっと立体で、 もっと空洞であればいい、
そうすれば歩くことが出来る、
と、
言われているみたいに、
もう少しこのまま不安げでありたい、と言った、
それは音のないまま、
線をかく、、
ただ垂れているとも、
ただ曲がっているとも、見える、、
音の、 まったく外へ出ないように、
間仕切りが、
膜が、
そうして、騒がしさを中心に、無音で持ちながら、
私が闊歩する、、
どこまでもトォービョーマエは不安げを維持しながら、
私は闊歩する、
悠々と、
もう、溶けてしまった後のようで、
もう、、身体がいくつもの線を容れた後のようで、
個物、
一個物、、
それから考えは先へ向かう? 奥まったところへ?
上空へ翻って?
・・・、いや、そうではないだろう、
私がしばらく溶けている響きをききながら、
また剥がれ、ふらふらと遊離してい、
このカラのなかに、、
どうにも変なものだったと思いながらかえっていること、
・・・、
この揺れてかえされる運動の、
端である身体を持っていて、、
そこからやや外側へもひろがるものを、、
じっと、浮かび上がるまで、
見ていようじゃないか、、
私はまったくの容器になって、、
何か、もう少し響きの範囲をひらいていこうじゃないか、