<1114>「手から滑る」

 傘のなかに入り、簡単に無言で、静かな道路をゆき、山をゆき、山をゆき、ついには門へ辿り着き、建物へ入ると、

 他者、他者、他者のなかまた喧騒である。かたまりのなかにひどく不似合いなひとりの自分が紛れていく。

 という思いを、また他者もひとりとして経験し、それがその人々の数だけ何通りにもなる、ということを上手く掴もうとする。

 掴めない。それは掴めない。

 異質であれ普通であれ他者は風景として完璧である。どうしてもわたしは完璧になれない。

 という思いが何通りもあるということ。

 わたしがまさに風景そのものとして完璧であるということ。しかもそのパターンの方が遥かに多いこと(他者は76億人?)。

 異質であるという確かな手応えがそれでも1通りであること。

 それを上手く掴もうとする。

 例えば、ひとつの場所に対して次々に異なった目を配し、そのいくつもに移動し続けてみる、別の人として別の場所を過ぎる。

 それは掴めない。

 それはわたしには掴めない。

 例えば誰かがわたしの噂をしていたとして、生涯それを知らない可能性がある、またその方が当たり前だということは何だろう。