<890>「それは言の中心」

 うれしい光のさきに、私はひとりで手を振っていた。

 踏みしめて、今再びの色(イロ)を嗅ぐ。私の名前は風に揺れていた。

 一歩の音(おと)に気づかない しかし私は一歩以外ではあり得ないから、その静かな音(おと)の、おそらくは惑いの伴走者になる。

 目(め)、と、彼方。包むもの。私が動いてゆく。私が、見えない一枚に向けて手を近づけてゆく。すると、声は軽やかだ。声は黄色くとびはねる。

 行方を見たもの。誰かが息をおそろしい形相で吹き出すとき、瞬間のなまものに直に手を触れるとき、それにもかかわらず私は立って待っていることが出来る。私は音(おと)がいちいち速さを求めているのを知る。

 丁寧な、それはそれは言(こと)の中心。しかし、

  中心のない

 それは、言(こと)のなりゆき。言(こと)の自然。私は呆然だ、呆然の姿がいくらかおかしくなってくるぐらいに。

 ふたりはそれで、おそろしいものの正体の、なまのただなんということのない小ささを知る。膨張した身振りのなかへ私がすっぽりと、はまっていたことを「知る」(そう、知る)こと、それはまたとない安心感となる。

 そばで寝ている、と、いつも。手のひらが徐々に温度を取り戻した‐ト‐して、それは、綺麗な横顔。私がぼんやりとあのまるい光のなかで音(おと)のないひとつぶを放り出すとき、それは笑う。

 感情線のなかに軽やかの笑みの混ざること・・・に、ためいき。