<143>「もう少し奥まで」

 この人は一体何者なんだ、それはお前、豆腐屋のオヤジじゃねえか、極端なことを言えば、いや、言わなくてもそれでいいのであって、皮肉ではなく、こういう判断をスパッと出来る人が一番鋭いと思っている。あっちへ行って情報を集めこっちへいって情報を集め、取材し、その人の浅いところも深いところも満遍なく知った専門家が、

「お前何をぐりぐりぶん回してるの? あいつは豆腐屋だよ?」

の一言で、中心をどきりとやられる、なんていうのは、おそらくよくある光景だと思う。

 要するに、分け入れば分け入るほど、よく分からなくなる。どうもこの人がこうであるというのは、深く知れば知るほど見失うようになっているらしい。だから、判断をしようと思うならば、沢山のことを知る必要はない、見えているものをそのまましっかりと捉えればいいのだ、判断をしようと思うなら・・・。私はその点でどう考えているかと言えば、この人物は一体誰なのか何者なのかがどんどん分からなくなればいいと思っている。判断不能の領域に侵入して、確かに戸惑うかもしれないし、戸惑うなと言われてもそれは無理な話だと思うが、そこで、

「まずい」

と引き返すのではなく(賢明な判断ではある)、もっともっと分からない方へ、顔の輪郭があやふやになって、見ているこちらが少し酔った状態になるまで、この人について何か発言しようとしても、ああとかううとか言うばかりで、確かな言葉のひとつとして出てこず、それによって自身も周りの他者をも同時に混乱させるまでに分け入って、何にも分からないところまで進んでいければいいと思っている。