<2547>「警察小説~乾き切った世界」

 沢山読んでいる訳ではないので、好みの中心ではないのかもしれないが、私は警察がメインの小説が好きだ。『マークスの山』しかり『凍える牙』しかり。

 

 事件の経過を追いかけていくハラハラ感が好きなのは勿論のこと、こういう小説に対して大きな興味を覚えるのは、その世界が、徹底的に乾いた、それでいて執念の渦巻く世界であるからだ。

 

 本物の警察の実情と同じなのかは分からないが、物語のなかの警察、特に事件の担当をするような部署の警察は、ひとたび事件が起きれば、すぐさま招集され、その後は、事件が解決するまでプライベートらしいプライベートの時間をほとんど持てない。

 毎日決まった時間に寝る訳にも行かず、時には車の中で、聞き込みにまわる施設の中で、本部の仮眠室で、寝られるときに寝ておくようなリズムを強いられる。

 

 毎日の生活が基盤として機能せず、常に悪人を追いかけることが人生の基盤になっているので、物語に登場してくる警察の人々は、徹底的に乾いている。

 身体のなかから、砂の音が直接聞こえてきそうなほどだ。

 

 その乾きは、生活の必然的な荒れ、悪人との付き合いからだけではなく、情報収集のために何度も無駄足を踏まされる、という習慣からも来ている。

 今やっているこの仕事が9割9分は無駄になる、それを承知したうえで歩いてまわる。その繰り返しのなかで、警察の人々は自らの水を丁寧に、丁寧に落としていく。

 いちいち水を保ったまま、一喜一憂しているようではこの作業は務まらないからだ。

 

 この砂の匂いのする人々は、しかしこうした習慣の繰り返しのなかで、日々何にもならない情報を集め回っているうち、そこで乾いて、のち次第に、静かに熱を持ち始める。

 

 追いかけ始めたものは何が何でも捕まえる、という執念の熱を、繰り返しの無駄足のなかで、徐々に育て、強化していく。

 

 捕らえて事件が解決すれば、その一瞬はホッと息をつけるかもしれない。

 しかし新たな事件が勃発すれば、また同じことの繰り返し。

 生活は捨て置かれ、犯人を捕らえるために、あらゆる場所へ、無駄足を踏まされにいく。

 

 そしてまた自身の熱と乾きを深めていく。

 

 いつも家にいないので家族には愛想をつかされ、あるいは結婚生活が正常に機能しないので離婚を言い渡され。

 そういう、徹底的な破壊のなかで、これが何か尋常な状態ではないということを、十分に承知したうえで、なおも職務を果たしに行く。

 

 ひょっとしたら犯人と同じか、それ以上に荒廃した世界のなかで、ただあくまでも自身の仕事をひとつひとつこなしていく。

 

 そういう、乾き切った仕事を遂行する人々に、どうしようもなく惹かれていて、その人たちに出会いたくなるから、私は警察小説を読む。