<1929>「熱の線は生きる」

 溢れたの、そのままください、、

 どこから辿り出したのか、分からないけれど、、

 ね、そのままくださいね、、

 身体をアけて、

 振動線に乗ります、

 私は奥の方から出てきて、、

 この関係を見つめていた、

 ね、あなたと、あなたと、、

 この空間に集まることは、

 こわいこととあたたかいことと、、

 両方ですね、

 それは私にも分かりました、、

 あなたが、日数を言い、

 わたしは焦れて、、真下を失いそうになり、、

 また真下を回復するのです、

 

 私は面倒だという気分につかまりながら、、

 具体的な運動の人として現前する、ここに、、

 あなたは放たれているのか、、

 私は、自分の持ち物のように紹介している場面のことを想像すると、

 たまらなくいやな気持ちになる、

 なぜ私と、あなたと、別々に自由に流れていかないのかと思う、

 存在の軽いはしゃぎはいいんです、、

 私は、

 関係するよりほかなかった人とジリジリ動くも動かないもないものが見たいと発しているものです、、

 わたしは当事者ではないのか、、

 なんだかそういう気もするが、

 いんや、この、

 不明な、静かな遊戯のなかに立っているという、、

 なにげないトオノモノでしたね、、

 跡をつけて、、

 はらはらはらとこの地を行くものでしたね、、

 まいまいまい、

 はらなかからその線を伝えよ、な、

 俺はその現象の全てでビリビリとふるえるから、、

 いて、いてくれ、、

 あたしはこの熱をホウホと吹き上げるからさ、、

 

 なにの感慨も起こるはずはあるまいて、、

 との、

 言葉を吐きながら、、

 どうして、歩くものは熱が増えて行くとしか思われないぞ、、

 わたしは自分の熱だに、正確につかんでいるかどうかは分からないものです、

 このただれた時間にうろうろと、

 なにを、なにを決めしき、、

 はでなところのないまま、

 私はこのものを運んでいくとおもわれたのか、、

 はたにある時間を忘れて、

 ここへお潜り、

 お潜りなさい、、

 わたしは自身に手招ぎする、、

 びんとして振るえるからさ、

 したは熱か、、はしばしの燃える音は生きているかな・・・