ひとはくしゃみの底知れない文字のなかでうごめいている・・・。
あなたはあなた、おじいさんの指なんだね。
え・・・?
ちがう。あなたはおじいさんの指先の運動にかえってゆくんだね、ということ。
あァ・・・。
見て、ひとが眠っているよ。
あァ・・・。
おじいさんの指先も知らず、健やかな表情で・・・。
あァ・・・。
今、気づいたのかな、あなたわたし気づいたのかな。
おじいさんは手の先に棲んでいたんだ。
そう・・・。
ひとが文字を組むあいだも、おじいさんは手の先にずっとひとりでいたんだよ。
嬉しいな。
うごめきの記憶を、ちょっと遠回しに、例えば板ガムのそばかなにかへそっと差し出して、紙包みを無邪気に取り除いているわたしのそばで、にこにこして、ふっと煙の先を、見つめてみたりしていたのさ。
おじいさんの目線は、今この時間に向けられていた。
わたしがただ眠気のなかにいるとき、それはひどく明らかで。
おじいさんは煙をふかしていたの?
ううん、だからおじいさんは板ガムなのさ。
おじいさんは板ガムなの?
ううん、おじいさんは手の先にいるよ。手はすごく分厚くなっていたんだ。
見たかったな。
見ているさ。先の先の時間へ視線を当てなきゃいけないこともある。
心配していた?
ううん、大丈夫。わたしは粒ガムを噛んでいるよ。
あなたは粒ガムなの?
ううん、わたしは手のひらから指へ、向かおう向かおうとしている最中さ。
甘い?
うん、甘いかもしれない・・・。
おじいさんは板ガムで、あなたは粒ガムで、じゃあわたしは何を噛んだらいいの?
噛まなくともいいよ。
どうして。
手の先に棲んでいると分かればそれでいいよ。
あらぬかたへ目をやる、するとどうなるの?
その時間になったとき、はっとするだけ。
はっとすると、なになの?
少し照れながら、紙包みをあければいい。
分からない。
戻ってくるだけ、あらぬかたへ目をやって、ここへ戻ってくるために、そうとは決して意識しないけれど。
ちょっと眠くなってきた。
どこを見よう。
そんなこと、自分で決められるの?
決められない。決められないけど、どこをぼんやり眺めるつもりなのか、そのぐらいのことは考えてみる。