<927>「おじいさんの指の先」

 ひとはくしゃみの底知れない文字のなかでうごめいている・・・。

 あなたはあなた、おじいさんの指なんだね。

 え・・・?

 ちがう。あなたはおじいさんの指先の運動にかえってゆくんだね、ということ。

 あァ・・・。

 見て、ひとが眠っているよ。

 あァ・・・。

 おじいさんの指先も知らず、健やかな表情で・・・。

 あァ・・・。

 今、気づいたのかな、あなたわたし気づいたのかな。

 おじいさんは手の先に棲んでいたんだ。

 そう・・・。

 ひとが文字を組むあいだも、おじいさんは手の先にずっとひとりでいたんだよ。

 嬉しいな。

 うごめきの記憶を、ちょっと遠回しに、例えば板ガムのそばかなにかへそっと差し出して、紙包みを無邪気に取り除いているわたしのそばで、にこにこして、ふっと煙の先を、見つめてみたりしていたのさ。

 おじいさんの目線は、今この時間に向けられていた。

 わたしがただ眠気のなかにいるとき、それはひどく明らかで。

 おじいさんは煙をふかしていたの?

 ううん、だからおじいさんは板ガムなのさ。

 おじいさんは板ガムなの?

 ううん、おじいさんは手の先にいるよ。手はすごく分厚くなっていたんだ。

 見たかったな。

 見ているさ。先の先の時間へ視線を当てなきゃいけないこともある。

 心配していた?

 ううん、大丈夫。わたしは粒ガムを噛んでいるよ。

 あなたは粒ガムなの?

 ううん、わたしは手のひらから指へ、向かおう向かおうとしている最中さ。

 甘い?

 うん、甘いかもしれない・・・。

 おじいさんは板ガムで、あなたは粒ガムで、じゃあわたしは何を噛んだらいいの?

 噛まなくともいいよ。

 どうして。

 手の先に棲んでいると分かればそれでいいよ。

 あらぬかたへ目をやる、するとどうなるの?

 その時間になったとき、はっとするだけ。

 はっとすると、なになの?

 少し照れながら、紙包みをあければいい。

 分からない。

 戻ってくるだけ、あらぬかたへ目をやって、ここへ戻ってくるために、そうとは決して意識しないけれど。

 ちょっと眠くなってきた。

 どこを見よう。

 そんなこと、自分で決められるの?

 決められない。決められないけど、どこをぼんやり眺めるつもりなのか、そのぐらいのことは考えてみる。