<848>「靴磨き」

 靴磨き:靴を磨きましょう。

 旦那:何で?

 靴磨き:どうということもありませんが。

 旦那:あそう。いくら?

 靴磨き:へへ。

 旦那:へへじゃないんだよ。いくらなの?

 靴磨き:いくらでも、まァ、どうぞ。

 旦那:何だそりゃ。まァいいや。

 靴磨き:靴を買うでしょう。するとまァ、磨きますわな。

 旦那:誰だってそうだろう。

 靴磨き:いえ、そんなこともございません。

 旦那:磨かなくてもそれはそれさ。

 靴磨き:さあ、そこでございます。靴を磨かないとする、と、あなたには私が見えないんでございます。

 旦那:そんなことはない、見えるさ。

 靴磨き:へへ。そうですかネ。

 旦那:何だよ、ハッキリしないね。

 靴磨き:あたしには靴が見えないんでございます。

 旦那:何かい、目が見えないのかい?

 靴磨き:いえ目は見えるんでして、靴が見えないだけのことなんで。

 旦那:靴が見えないならどうして靴磨きが出来る?

 靴磨き:へへ。いやだなァ、からかっちゃいけませんよ。

 旦那:からかっちゃいないさ。変なことを言うのはお前さんじゃないか。

 靴磨き:そうですか?

 旦那:そうさ。

 靴磨き:さ、よく光りましたよ。するとあなた、これを普段から履いてなさる?

 旦那:履いてなさるって・・・そうさ、何がおかしい?

 靴磨き:おかしいだなんてとんでもございアせい。大層立派でございますよ。

 旦那:変な奴だな。さ、いくらだい?

 靴磨き:靴を磨けば分かります。へへ。

 旦那:困るなァ、そんなことばかり言ってちゃ。さあ、じゃちょうどこれだけ置いとくよ。

 靴磨き:どうも。またどうぞよろしく。へへ・・・。

 

  ~~~~~

 

 旦那:おい、俺の靴知らないかい?

 靴磨き:何ですその俺の靴ってのは?

 旦那:靴がどこかに行ったと思うんだがなあ・・・。

 靴磨き:どこかに行ったと思うって、今そこに履いているのはどうなんですか?

 旦那:これが靴に見えるか?

 靴磨き:さあ。

 旦那:さあなんて言ってちゃ困るじゃないか。

 靴磨き:磨きましょうか?

 旦那:何を言い出すんだ。何を磨くって言うんだい。

 靴磨き:靴を磨けば分かります。へへ。こりゃ。どうも。

 旦那:邪魔したね。じゃまた。

 靴磨き:どうも。またどうぞよろしく。へへ・・・。

 

  ~~~~~

 

 靴磨き:おや? 何ですそのかたちは。

 旦那:俺も靴磨きになったよ。

 靴磨き:おや? へへ。そうですか、ならまァどうぞ。

 旦那:俺には靴が見えるぞ。

 靴磨き:そいつぁどうも。

 旦那:ちょっとあなたのを磨いてみようかな。

 靴磨き:面白い人ですね。靴が好きなんですか?

 旦那:靴を磨けば分かるよ。

 靴磨き:おや? へへ。どうも。難しいことを言いますね。

 旦那:よく履き込んでますね。徒歩ですか?

 靴磨き:そうでしょうねえ。靴でしょう。

 旦那:あなたサイズが違いませんか。

 靴磨き:どうしてどうして、ピッタリです。

 旦那:それは良かった。では靴をどうぞ。

 靴磨き:何ですあなた、靴なんて履いているんですか?

 旦那:いやですねえ、靴は履きませんよ。

 靴磨き:それは良かった。じゃあひとつ磨いてみましょうか?

 旦那:いえそしたらば、探してこなければなりません。

 靴磨き:変なことを言いますね。探さなくたっていいじゃありませんか。そこにありますよ。

 旦那:そこにありますってあなた、見えるんですか?

 靴磨き:さあ。

 旦那:さあなんて言ってもらっちゃ困りますよ。ああどうしよう・・・。

 靴磨き:何を慌てているんです? さあこちらへどうぞ。

 旦那:こちらへどうぞったって、困りましたねえ・・・。

 靴磨き:どうしてです?

 旦那:磨いてもらおうったって、無い靴はしょうがないじゃありませんか。

 靴磨き:・・・すると、あなた靴が見えないんですか?

 旦那:ええ、そうですけど・・・。

 靴磨き:へへ。それはそうでしょうねえ。だってあなたは靴磨きなんですから・・・。