<9>「彼(9)」

 絵を見ることが私の仕事だと言ったら、大抵の人間は納得しないだろう。見るだけで何の仕事になるものか、そんなもんで食っていける訳がないだろう。しかし、この仕事で食っていけるかどうかは関係なかった。稼ぎを他で持っているからといって、これが一番の仕事であることに変わりはないのだ。そうだ、いつの間にか仕事のようになっていた。義務感ともまた違う、戯れともまた違う、退っ引きならない関係が、次第々々に結ばれていったという感覚だ。

 俺は、いい加減見ているのをやめろと言った。徐々に動いているように見えないかい、そうだ、絵というのは、同じ絵を毎日見てこそだと思うんだ、ちゃんと見る日もあれば、何の気なしに見る日があっても良いが、とにかく見てみるんだ、するとどうだ、動いているとしか考えられない、たまには角度を変えて見てみるよ、すると、どうやら絵描きはこの角度から見られることを想定して描いたんじゃないかという気がしてくるんだ、他の角度から見たときもそうだ、どうだいコイツは、ヘラヘラしているとは思わないかい? 俺がヘラヘラすると決めた日から、どうもコイツもヘラヘラし出したような気がするんだ、いや、コイツがヘラヘラしていたから、俺もそれに引っ張られたのかもしれないな、まあ、どうでもいいってことはないが、ヘラヘラすることに決めたというのに変わりはない、しかし、こんなに青の目立つ絵だったっけかな・・・。

 彼は、絵から目を逸らさずに、早足に語り続けていた。途中、俺も絵の横に立ってみた。何だ、あんたも絵の野郎にそっくりだな、これはあんたに寄せて描いたのかい? 俺は、絵の方に顔を向けることが怖くなった。