<1187>「静かに燃えてなくなる」

 身振りの少ないものが目を据えて、

 時間より長く一点を見つめていたら、

 そこに小さな驚きが立って、

 仕方を忘れる人が次から次に出来るのです。

 と、

 様子を窺っていて、

 まだまだ足りないのか、、

 もう、なんにも見ていないのか、

 しかし長い時間が経ったあとで、

 形は崩れ、

 崩れたものは小さく燃え、

 なにもなくなってしまうのでした、

 わたしは、ひとりですから、なにもなくなったことをよく言おうと考え、よく言っていました。

 身振りを少なく、

 身体が丁寧に燃えるよう、

 燃えたあとで自由に思索の羽を伸ばせるように、

 細かな灰や、塵、埃にいたるまで、

 見事に眺めていますから、

 おそろしく静やかな気持ちでいられたものです、

 

 わたしのよく欲するところはわたしが丁寧に動くように、ということでした、、

 わたしが今の時間に持っていないと思われることをよくのぞむのは可能性が好きだからだと思います。

 それで、よく欲するものでないものもいたずらに持っていたりすることがあるようです、

 ですから、動きを丁寧に、少なくして、

 時間の外に出て見るのです。

 そうして何にも見えなくなってしまうときは、

 もうこの輪郭を持たなくともよいのです。

 静かに、軽く、この辺りの何ものとも触れてゆけばよいんです。

 

 身体をそのまま、柔らかく預け、

 無理のない姿勢に二人して並んでいるときに、

 あなたが溜息をつき、

 困惑しながらもやはり静かに眼を閉じてしまうとき、

 わたしはそういったときの身体をいつも新しく着直している心地がします。

 身振りの少ない日でしたね、

 あなたはそうは思わなかったかもしれないけれども、

 そういうときは特別に嬉しいんです。

 

 このままもしや回転しないのじゃないか、

 と、

 ひとことのうちに思われる日に、

 尋常の笑みが浮かんで、

 軽やかに運動するあたたかい眼、

 小さく小さく燃えています、

 どうぞ、

 わたしがまた言いますから、

 この辺へ、静かに止まってください。

 どうぞ、

<1186>「仕舞うつもり」

 例えば、事故や事件、病気なども含めて、完璧に、完全に計算の中に容れることが出来、つまり突然に、意識しないままに死んでしまうということはまるでなく、あなたは何年後の何月何日何時何分に死にます、ということがハッキリ分かるのが人間存在というものだった場合、人間の生き様というものに、仕舞い方をもっと上手く容れることが出来ていただろうと思う。

 ただ、現実の人間というのはそうなっておらず、突発的な死というものはいくらでも起こり得るし、もう高齢で余命いくばくもないということが分かっている場合でも、それが今日か明日か、今か30分後かは厳密には分からないようになっている。

 そうした状況に置かれれば、当然、

  今日は仕舞わないつもり、今は仕舞わないつもり

で日々を生きてゆくことになるだろう。

 逆に言えば、今仕舞うつもり、を突き詰めると自殺になってしまうのかもしれない。

 終点が明確になっていない以上、意識的であれ無意識的であれ、昨日今日とは思はざりしを、が常態になっていくのだと思う。

 それはいいのだが、悩ましいのは、

  確実に死ぬという事実

が、その常態になっている生の論理と見事にバッティングするということなのだ。

 終点が分からないのに確実に死ぬことは分かっている動物に、死の論理をしっかりと組み込むことは想像以上に難しい。

 そんなこと出来なくていいじゃないか、別に構わないじゃないか、と言われればそれももっともなのだが、確実な事実として死がある人間の、その社会が生の論理だけで動けばどうしても生理に合わないことが出てくる。

 つまり、ほどほどとか、もうそろそろ、が無しになってしまうのだ。

 仕舞わないつもりの延長上にある考えは、とことんまでゆくか今終わるかの両極端になってしまう。一方でどんな身体状況にも逆らう延命が考えられ、一方で自殺が膨大な数にのぼるのも死の論理を上手く組み込めずに、生の論理だけでものごとが進んでいることの特徴ではないだろうか。

 しかし終点を明確に知れないものがどうやって死の論理を組み入れたらよいのだろう。良い考えがまるで浮かばない。

 亡くなった家族の、その家に残されたものを片付けるのが大変だと言う。

 しかし、仮に死期が近いことを悟っていたとしても、それを踏まえて、死ぬ前に自分で自分のものを、見事に片付けてゆくのは並大抵のことではないと思う。それは、ただ片付けるということではなく、

  今仕舞わないつもり

に、

  これから仕舞うつもり

を徐々に徐々に、深く深く容れていく作業だからだ。これから仕舞うつもり、の按配が上手くいかず、今仕舞うつもりに傾こうとする危険を何度も何度も感じることだろう。

 これから仕舞うことと、今仕舞うことの違いが、境界がよく分からなくもなるだろう。

 だからこそ普段の日常には、仕舞うつもり自体を容れないのだが、それを締め出して進める考えにはいろいろの不都合がある・・・。

<1185>「小さな珠」

 小さな珠は跳ねて、

 小さな珠は、

 伏せる、

 や、

 や、お前さん、

 お前さんは一体そんな姿をしていたか、

 けして見せぬ腹を背をそんなにあらわして、

 なんだ、

 なんだ、勘定のそとに置いてほしいのか、

 しかし困ったねえ、

 どうにかこうにかして戻ってはくれないか、

 しかしお前さんのなんという姿形だろう、

 まんじと眺めていました、、

 お前さんは珠だね、

 だけども一体これは何だね、

 綺麗なカーヴを描くのじゃないか、

 そんなに顔をあらはしたんではいけない、

 存分に堪能しました、

 表情を楽しみましたよ、、

 戻ったら良かろう、

 あァ、そうして何とかこう角度を変えて、

 向きを変えて、勢いを変えて、

 空気の中にとまってするんだけれども、

 さあこれから一向に戻りませんもの、、

 おいお前さんは珠じゃないね、

 どこから拾われてきた、

 行方を言いなさい、来し方を言いなさい、

 不思議な顔をしていなさる、

 ひょっとするともうほどける時間なのかしら、

 このようにして順番にほどけてゆくのかしら、、

 それは困ったねえ、

 わたしはここでこうして眺むしかないけれども、

 ここでこうしてあぁなんというかあいらしい顔をするのかしら、と、ひとり眺むことしかせないけれども、

 ね、アレ、

 また跳ねました、

 あ、こちらも、

 こちらも、こちらも、

 また跳ねますよ、

 ・・・仕舞いましょうか、

 ええ仕舞いましょうか、

 今日はとても香気溢れる一日だと、ただ思っていたところでした、、

 転じてゆきますか、

 転じてゆきますか、、

 お前さんは綺麗な姿をしているねえ、

 嬉しいじゃありませんか、、

 うん、、うん、、そうだ、

 快い響きがします、、

 豊かな想いがします、

 静かですね、

 あなたの小さな音を聴いているだけだのに、

 ゆっくりして、

 次第々々に回転するものと、

<1184>「夜の舟」

 ややあって外界は眩み、

 かすかに、しかし長い音が続く、、

 そのときは誰も表情を覗かなかったのだが、

 身体ごと隙間に沈んでいたと見え、

 流れの先端に何が、

 流れの先端に何が、、

 あ、あ、という短い響きが、

 裏へ、裏という裏へ、、

 おそろしくて眠り込んでいました、

 

 伝ってくるもの、

 次から次へ差し込まれ、

 目覚めたり、眠っていたりするなかで、

 徐々に、

 徐々にではありますが、

 わたしは別の時間なのじゃないかと考えるようになりました。

 それに、なにかがもごもごと口の中で鳴るのです、

 ふいにこのまま開かれ、どこまでも遠くへ、

 それも緩やかに、それも自然に、

 疑いのない速さで滑り出るようにして、

 放り出されてゆくのではないかと思うんです。

 

 時間は、ひとりで立ち始めています。

 いまや、わたしの感応と、

 あなたの共感の身振りとが、

 たとい同根であれ違うものだという考えを放ちます、

 

 さて、ここに線を置きました、

 違った姿で、

 試みに、それを触れてください、

 例えば懐かしい景色になります、

 例えば長い歌になります、

 例えば今考えていたことを忘れます、

 今生は身振りですから、

 なるたけ音を見してください、

 揺られたままでいます、

 

 夜毎に舟と、舟で、

 水の中へ手を入れながら、

 かきまされ、

 舞って、舞って、

 てんでばらばらのくぐもった匂いを見せるとき、

 片側の舟はゆっくり遠くなり、

 影に、、点に、、小さな揺れになり、

 ただいちにんの音しか確かめえず、

 さて、さて、歓迎も、

 非難も、驚きもなく、

 戸惑いもない人をすっと乗せたまま、

 こちらへ、こちらへ、

 いまだどこへ打ち上がるかもしらず、

 口を結んだまま、

 長い音を立て、繰り返し・・・

<1183>「一個の身震い」

 その奥へ手を、

 まく、ま、ま、巻きなさい、

 なだらかな、

 無言で、無表情で、、

 あたたかく、

 そっけない顔をした、

 滴るなかを分けて触れるのがわたしです、、

 意見を提出せないのです、

 まだ生まれてはいないのですから、

 言葉はいつとも知れずにかかってきているのです、

 触れましょう、触れましょう、

 どんな肌だとする、

 どんな顔だと、

 生まれてもいないものの指が見えましょう、

 それはあなたに張りついて、流れます、

 

 見立てた先にあなたがいて見立てたところ、もとのところにあたしがいることを見留めましょう、

 それから身体が別であることを改めて言うのです、

 もう生まれたのですから、、

 奔放な流れはここで巡ると決まったのですから、

 見立てのなかに精巧な身体が映りました。

 それは誰にも似ているでしょう、

 しかし この根を意識します、

 この根を意識して全く身体とは一個であるとここに宣言いたしましょう、

 静かな空気に触れまし、

 静かな出で立ちに似まし、、

 今の身体から次へ次へと移りましょう、、

 たった一個であることは当たり前のことなのです、、

 それはどうして驚きでもありますね、

 まじまじと眺めてください、

 

 ねえ、ねえ、知っていますか、

 あんまり遠く、小さいところから、

 あなたとはあんまり遠く隔たっているところから、

 ひとつの身震いが生ずるらしいのです、、

 ほのかに香気がのぼります、

 しかし困惑せでいられますか、

 当惑は身体の方にありますか、

 それとも、身体を眺めるあなたのなかにありますか、

 同じことでしょう、

 同じ呼吸が通っているのです、

 見えますか、

 そうです、しかし、もっと奥です、、

 あなた、指を持ちますか、

 そうです、それです、

 じっと中へお入り、静かに染みてください、

 そう、そう、

 もっと。

 ふっと最初の呼気が、

 そう、軽く、軽く、確かに漏れるところまで・・・

 見えますか、

 ぼぉ・・・、ぼぉ・・・、と、わずかに光るでしょう、

 これは一体誰でしょうね、

<1182>「金色を掬う」

 何を張っているのだ。

 あらかた過ぎるに違いないこと、

 何を張っているのだ、

 奥の、奥で、結び、

 見えるもの、

 過ぎた、過ぎた、

 見えるものの時間は過ぎた。

 これは歩にしよう、これもまた歩にしよう、

 いとまもなくまた熱量、、

 跳ね上がる、

 回転盤へ静かに乗った、

 目が回る、

 音もなく震えている、

 影だ、影だ、影だ、

 影だけが見える、、

 途切る、途切る、

 おそろしくぼんやりのびる空間、

 わたしだけがぼんやりしている、

 外はどこだ、

 外は、

 

 まもあらず記憶が透明になり、

 動く、動く、

 誰が動く、

 かくわたしの長い言葉え、

 順序よく寝そべ、り、

 わずかに呼吸、いとまを持ち、

 流る、流る、、

 一切 たぎれ、

 一切、

 

 窓からほうっていろ、

 自由に、自由を知らず、

 前進、前後、ほうけて、、

 よく澄んだあと、聞ける、

 こぼれろ、こぼれて、

 知らんあと、歩く、

 投げる、

 一切ただ漠と確かめる、

 ぐらぐら揺れたまま、

 かどへ、かどへもたれ、

 息を足せ、息を足せ、

 あなたが外を目指せ、

 コンジキのひとすくい、

 顔が映る、

 徐に割れてゆくさま、

 ああ、ああ、

 悲しい響き、

 それがどこまでもどこまでも長く、遠く、

 遠景、一切がただ分かれ、分かれて、

 誰にこれを置いたらよいか分からなくて、

 影に、ただ影をしまい、

 流れ、流れ、

 日を蓄えたままでいる・・・。

<1181>「眠る線の上に垂れる名」

 あんまり触れていたもので、

 色が剥げて、

 遠くの方まで見えていました。

 身体がかかります。

 ひとつの呼吸を忘れ、

 今またここを静かに過ぎるのです。

 あたたか、でした。

 緩やか、でした。

 いっときかかり、

 前へ、、前へ、、

 かわきながら捨てる姿、

 の、

 誰だか分からない時間、

 毎時々々あらわに、

 毎時々々長く、

 

 安心しておりました。

 あんまり想像を持っていましたから。

 ここから外へ外へ、ただ視線を引っ張って、

 もう見えないもう見えない、

 と、

 ちょうど沈黙しました。

 

 眠っている線へ、

 まず、誰とも知れず、

 人の眠っている線へ、

 確かに、名前じみたもののまま、浮かび、

 ただにリズムとする、

 ただに軽薄とする、、

 

 あのね、

 その先の道にね、

 からからんなってね、

 わたしを置いとくの、

 そしたら誰かが視てね、

 なんだろう、なんだろうと思うの、

 そしたらいよいよまた先の方が照るの、

 あなたがね、

 あなたが見るの、あなたが見るの、

 

 はい、

 只今、

 少し空気が冷たくなりました。

 あたしの顔がもう少し、

 もう少し分かるでしょう?

 とっても長い日でした。

 もうここへは戻らないのだとそう思うんです、

 それで、ふっと見ると、少しあかるいんです、

 本当ですよ、

 少し眠りましょうか、

 あなた少し時間をください、

 ね、手を置いて、

 ゆっくり見てください、

 戻りましたから、はい、、はい。