<980>「反響はさわぐ」

 ふうあい、、

 夜(よ)と夜(よ)とを優しくうち‐い‐かかえたあなたの姿に、

 ひとつの嘆きでは足りない、、

 ひとつの感嘆でもいまだ・・・、

 まだうち‐い‐とどかないざらついたひとふきに、あなたは素肌で通過し物事を結わえてはゆく、、

 あるはずのない息吹に身(ミ)をひたとすえて、

 あてにせず待っている、、

 きんいろの看板

 めまえを染(そ)み、ひきりなしにはためく、、

 そのそばをひとりで、まるで涼しい音(おと)で過ぎてゆく、

 いまやたれも看板を見ていない、、

 ぞうさなくその、金糸(きんし)をほどいてゆき、、

 ふるわれ

 わたし全体の音(おと)が明るみにいでる、

 ないしょうのこと、ないしょう書き、そこで栄え、そこで華やかになり、、

 ひとつの声のリズム、、

 ひとつのうち微笑ましい転倒、

 やがて、がらがらになったこと、

 騒ぎは反響をかぞえ、反響は騒ぎをかぞえる、

 そこに‐い‐あらためて棲んでいる、、

 静かな色にほどこして、

 めまえのくらみ、

 たちぎえたち去ったあと、、

 わけもなくただ澄み、かすれて、いなくなる、、

<979>「透明なリズムに潜る」

 日(ヒ)のかげりに

 ただおそろしく浮かれていたあなたの表情が見えにくくなっていって

 いつか濁った緑の流れを読む、

 その先に、声のひろがり、、 

 輪(わ)、と、響き、、

 あたらしい頭に鳴り続けいる・・・

 触(ふ)れて、、ひそかに水を汲むものの手、その隙間に光るもの、、

 ただうち微笑む、、

 うち、入(い)、裏へはりつくもの、、

 その透明に光る、

 その透明に流る、、

 触(ふ)れたい、

 特別長い、濡れそぼりに、、

 あなたが手の隙間に、きらめき、粘らせているそのマ、

 あたしが差す、

 ほのかにかわいた風の、予感だけいでて踊る、

 うもれる、、緑の匂いにもぐりいる、、

 ぼうぜんと、

 たからからあわてて黄色いリズムの漏る、、

 さわいで さわいで

 これだから粒は弾(はじ)け、わたしの前で嬉しそう

<978>「一枚の絵を運ぶ人」

 壁に一枚の絵がかかっている。もう何年そこにかかっているのだろうかそれはわからない。

 ひとりの男が絵に手をかけ、そのまま持ち上げると、すみやかに去ってしまった。

 たれもがああと小さな声をあげた。

「持っていかないでくれ」

なのか、

「ああ、持っていくのか」

なのか、そのどちらでもあるのだろう。

 わたしは絵を持っていった男に声をかけた。男は伸びをする。絵はもう手元にない。

「あの」

「はい」

「絵、なんですが」

「ああ、はい、すぐに新しいのを持ってきますよ」

そう言うと男はすみやかに去った。

 何を話したかったのかも忘れ、ぼんやり待っていると、男が、おそらくその新しい絵が入った額を運んできた。

 たれも溜め息をする。

 ただ男がかけた絵は先程と同じもののように見えた。

「あの」

「はい」

「絵、なんですが」

「はい、新しいものを、お持ちいたしました」

「新しい・・・」

 男はすみやかに去る。絵のなかを覗き込むようにすると、はてな、絵のなかの婦人は少しだけ前に歩を進めたようにも見える。気のせいかしら。

 椅子にかけ、タバコをくわえている男に声をかけた。

「あの」

「はい」

「この仕事は毎日ですか」

「ええ」

「それはどうも」

これじゃあとてもいけない。わたしはここを永久に去るつもりで少しうつむきがちに歩み出した。

 果たしてわたしは昨日と同じようにこの場所へ来ていた。

 絵のなかの婦人はやはり少しだけ前進しているようにおもえたが、気のせいかしら。

 1週間経ち、2週間経ち、婦人は、ああ、絵のなかから姿を消している。しかしそのことにたれも気のつかないらしい。

 男はわたしを見つけると、少しさびしそうに笑った。

 それからというもの、婦人の消えた絵は、来る日も来る日も空転し、わたしは妙な穴蔵に落ち込んだような気分でこの場を行ったり来たりするのだった。

「さみしい絵ですね」

「はい。いずれわたしも絵を描いてみようと思います」

「すると、これらはあなたの絵ではないのですか」

「はい。わたしは婦人がのいてしまうとは思いませんでした」

「わたしもそうです。しかしわたしも絵を描いてみようと思います」

 わたしは婦人の絵を描いたが、そこにあの、絵を運ぶ男も一緒に描いた。男は何の絵を描いたろう。

 わたしはまた絵を描いたが、あの場所へゆく必要のなくなっていることに初めて気づき、ゆっくりと、そして静かに驚いていた。

 男はもう絵の差し替えをやめただろうと思う。

 そうしたら、ひとの溜め息はどこへ流れていったらよいか、しばらく分からなくなるかもしれない。

 わたしはその溜め息が絵の具に混ざる音を聞くように思った。

<977>「手にとるものは軽い」

 まっさらな時間に引き取って、あなた他人のことを考えていた、

 おぼえず大袈裟に響き、、

 また、この視線の延長した先で、ひどくどぎまぎしているしかなかった、

 そこで、ふるう、、

 蒼生震う、、

 わたしが目にしていたものは大体ここいらだ、

 そのあとですぐに駆けている、、

 とくにしびれているしかなかった時間に、ひどく駆け出していた映像を見てひとり、うち振るえ転倒していたのだった、

 投げ出されていた、、

 この足場のない地面に、わけも分からず投げ出されていた、

 わたしは、浮遊感をどう思うことも出来なかった、

 そこには整列、、わずかなざわめき、、

 こたえているのか

 何かひどく軽く、全く愉快に跳ねてしまうことも出来る、それがあるままじねんに言(こと)を過ぎていた、

 わたしはここでからかった方がいいのだろうか、

 地面でありながら地面とはよべないものを、

 独特な歩(ホ)の軽やかさを、

 一体なにに出合っているのだろう、

 あたしたちに与えられていることは全てシンプルに過ぎる、

 どれも軽々と手に取ってみることが出来る、、

 わたしは重たいと思い、重たいという感じは嘘だと思う、

 ただ煙にだけは静かに身を寄せられうる・・・、

<976>「ひらたい汗、ぬれた肢体」

 日常ギ、湧く、、

 ひたいにたらたらと過ぎ、ひらたい汗、、

 暮れに暮れゆく涙流れる、

 かぞえ立てた歩行、、

 まともな音(おと)もなく座る、、

 ひとつの石が弾む、、

 まるで関係のないものに、わたし総出で焦っている、

 ここに差して、からっぽの器に差して、、

 乱れた緑の毛並み、、

 ある日のじねんを思いいだすより激しく、

 ただ大きな口をアけて待っている、日常穏当なそよぎとは無縁の、、

 なれなれしい肢体、

 なれなれしい無関心、、

 しっとりと、あるいは吸い上げて、、

 ただわたしの呼吸以前に絡んでゆこうと、、

 ものはカタ、カタとかわいて場所を移す、

 ゆらぁごう

 ゆらぁごう、、

 今にもざあざあと、華々しく流れてしまいはせぬものかと、袋の中身をいやらしく覗けば・・・

 うちいだしたとどろきの素顔、、

 しと、しと、しだした肌ににやついて、内側から張りつく、、

 またしもざわざわと音(おと)を立てうる、、

 ただ内側の、記憶に息するもの、静かに弾み、いで、くらい、ただくらいひとりの運動へぴた、ぴたりと指をつける、、

 そこはそうらおそらしく冷たい、

 ただ訳(わけ)のわからないままねっとりとして、、

 あなたのひらたいそばをそれはそれは流れている・・・、

<975>「でんでんどろろ」

 かさ、さ、ささ、

 まさ、まさあ、、

 べり

 べりべり

 よいよ

 ほぅれいほぅれい

 どう、どうどう

 どろうどう、、

 どう、

 でんでん、

 でこでこ、

 でんでこでんでこ

 どろどん、

 どろん

 よろよい、よろよい

 そはあなし

 そはあなし

 まるまらまりん

 まるまりん

 すったらた、たらら、

 らたらたらた

 またたら、

 すころがりんすころがりん

 かりりん

 りん

 りんとゥりんとゥ

 すっぺけとん

 ころろとん ころろとん

 ろととん

 もろまるりん もろまるりん

 りりりん

 ひゅうひゅうひゅひゅい

 ひゅいひゅいひゅい、

 さあさ

 さらさらさあさ

 まさささら

 ささらば

 さっささらば

 ばさばさ、

 ばっさいばっさい

 そうそうそう

 ソハソハソハソハ

 はらはらひりり、

 ひりふるる

 るるふふふるふ

 るっふふふ、

 わったあわったあ

 ことんがとん、

 がらがらことんと

 とんぴちぴ

 ぴりぴりぴりぴり

 ぴりぷぷぷ、、

<974>「夜の青色の息」

 うち、はなす

 夜気、あなたを覗く

 招ばわれ、はとする、はとする

 戸ゥの隙間、その香り

 うち出でて踏み出す、

 静謐な歩み、、

 青色の息、

 ・・・

 一台の車が、すみやかにゆく、

 音(おと)ばかりが膨らんでいる、、

 一度、考えを改めた、、

 わたしばかりか、あるいは、一切のひとみが、この、ただの静かな香りのなかにねじ込まれている、、

 ここは踏み上げ、ここはふしだら

 緊張した横顔のそばで、そっと目を覚ましている、

 見つめるひとはなにの穴であるのだろう、、

 色(イロ)は過ぎた、

 色(イロ)はこの場合、あまりにも過ぎていたから

 ねだっていた、わたしはねだっていた

 過去ひらいた眠りの息、

 あそび、ほの白く真っすぐな線を延々と描(えが)く

 あなたはたいら

 横っ飛びに飛び、

 おそらく町をうたう、、

 この静かな誘いの、

 紛れもなくそばにいて、ただうつらうつらとさはぎあげている、、