<2788>「立川吉笑真打計画10」

 

 行ってきました~。

 吉笑さんの落語を聴きに行くのはちょうど一年ぶりぐらいでしたね。

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 最初は吉笑さんの『親子酒』。

 真打昇進が決まったということで、多分いろいろなところで古典もやられているのだとは思いましたが、私自身が吉笑さんの古典を聴くのが初めてでしたね。

 この日のシークレットゲストたる志らく師匠が後のフリートークのコーナーで、こういった古典の演目は、本当は歳を取ってからでなければ出来ないものなんだけれど、落語家である以上は早くやってみたくなる、でもそのままではとても出来ないからギャグをふんだんに織り交ぜながらやるんだ、というような話をされていましたが、吉笑さんの『親子酒』もまさにそういう試みという印象でした。

 あいだに『ぷるぷる』などの要素が挟まりながらの『親子酒』は、馬生師匠などで聴き慣れているものとはまた違った新鮮さがあり、面白かったです。

 

 次は志らく師匠の『火焔太鼓』。

 こちらも、志らく師匠がやっているのを初めて聴くことが出来ました。

 これもまた後のフリートーク内で、自分が若い頃にギャグをふんだんに交えながらものすごいスピード感で行って爆笑をかっさらっていたときのイメージと、今の自分とのズレが大きくて、イライライライラしながら演じているんだ、という話をされていましたが、その姿が、談志師匠が晩年になって、どうも違う違うと思いながらイライラしていた姿と重なるところがあり、ひとり謎の感動を覚えていました。

 

 最後は吉笑さんの『乙の中の甲』。

 この日は初めて尽くしで、この噺も初めて知ることが出来ました。

 吉笑さんお得意のイリュージョンが炸裂している作品ですね。古典だと『粗忽長屋』や、夢が絡む噺の数々を想起するような感じです。

 この話は割と新しいのでしょうか。吉笑さんの創作のなかでも、より設定の複雑さが増しているように思えます。

 これほど複雑だと聴衆を置いてけぼりにしてしまいやしないか、という心配もなんのその、後半に向かうにつれて笑いの量が多くなっていくのはさすがだなあという感じです。

 聴衆の側にしっかりと吉笑さんのスタイルが定着していること、また、噺のなかでの繰り返しの部分が、しつこさを感じさせず、むしろ笑いを増幅するためのステップとして機能しているのが見事だと思いました。

 

 また、今度は一年と間隔を空けずに吉笑さんの落語を聴きに行きたいものです。