声に出すかどうか、迷っているように見えた。まあ、この人なら始めてくれるという考えが、そんなに大きく揺らぐ訳ではなかったが、どうも、周囲が必要以上に息を詰めていることを気にしている様子だった。誰かが何か、例えばひとつ咳払いをするんでも、ちょっとそっぽを向いているのでも良かったのだが、案外、そういうものは大事なきっかけの役割を果たしていて、そういうものが何にもないとなると、すっと始めにくいものである。ただ、その人は心持ち微笑んでいるようであったから、私が楽しさから遠ざかることはなかったのだが、今この輪の中にいて、これだけふわふわとした物の考え方をしているのは私だけだと思えた。風が少し暖かい。
「どなたか、このハンカチを落しませんでしたか・・・」
きっかけは、このようにして掴んでみても良かった。尤も、それは傍目に中断としか映らなかったようだが。
心地良く聞き続けられる状態を維持するのは並大抵ではない。上手くなければならないが、それを皆に悟られてはならない、ああ、上手いなあと思われてはならないのだ。誇示するなど論外。きっと、この繰り返しの中に住んでいて、日常性たる何かをどこかへ置いてきたのだろう。事の初めから流れはこの調子のまま、今の今まで変わったことがないのだという感じを抱いた。