<31>「よくまあいろんなことを憶えているものだ」

 ここから泣き出したり、笑ったり、怒ったり、嫌そうな顔にでも移ってくれれば、私にだって態度の取りようがある。だが、どの表情とも取れる、またどの表情とも取れない、全ての表情の中間、いや、表情の途中のような顔をしているので、ぐーっと近寄ってみたり、つつーっと離れたりしながら、凝視したり、呆然としたりしている。よくこの表情を、ここに閉じ込めたな。想定していたからといって、綺麗にここに収まるというものでもない。

 憶えておくよ、そう言ったのだ。恨みはしないし、嘆きもしない、落ち込んでなんかいやしない、けれど、私は憶えておく。そういう響きを前にして、びきっと緊張せざるを得ない。強いて言うならそういう顔だ。程遠いけれども例えるとしたらそういう顔なのだ。

 よく、いろんなことを思い出す。忘れていたって大して問題がないというようなものでも、よく憶えている。何かの為に憶えているとするのは、こちら側からの、都合のいい説明に過ぎない。ともかく、よく憶えているよ。