無邪気な媚態

 ともすれば、何の興をもそそらないほどに整っていたあの人は、自身の美貌を快く迎え入れていた。己の力に拠らないところのものに、少しも後ろめたさを感じていなかった。

 あの人には、自身の美貌によって、人を試すようなところがあった。

「一体全体生涯のうちで、どれだけの人が私になびくのでしょうか」

と。その媚態があまりにも無邪気なので、私の方でも、見ていて嫌だと思うところがひとつもなく、むしろその無邪気さに触れるのが、非常な喜びであったほどだ。あの人の周りには、しなだれかかる先がいくつも用意されていた。その光景は、不快とはほど遠いところにあった。

 願わくば、いつまでもその媚態が無邪気さを保ち、色ばかりが濃くなって台無しにならぬようにと・・・。

 それから、まだ何年も経っていないような気がしたが、コツコツと階段を上った先に、くたびれた様子で椅子に埋もれこむあの人を見つけた。声をかけることも憚られるぐらいに、刺すような気配を漂わせ、内部の色彩を反映するように、全身を真っ黒な服で包みこんでいた。

 しなだれかかる先を失って、寄るところ無くゆらゆらとしているあの人の周りに、ガッカリしている人のひとりも見つけられなかったことに驚いた。こうなることが分かっていたような、まるで分かっていなかったかのような心持ちで、あまりに重ならないあの人の姿を右へ左へと目で追いかけていた。