嘔吐

 夢も現実のうちだと言われたら、あなたは否定するだろう。

「いくら、夢の中で列車が飛んでいたなどと言っても、現実ではそうはいっていないではないか」

と。

 なるほど、それに関してはあなたが間違いなく正しいだろう。では、内的現実についてはどうだろう。

 その日、私は嘔吐する夢を見ていた。正確に言えば、

「嘔吐しようとする」

夢を見ていた。しかし、込み上げる嘔吐感に対して、吐瀉物が伴ってこない。それに対する焦りで、二重の嘔吐感を抱いていた。

 目が覚める。あれが夢であったことに安心した私は、何か救われたような気持ちでベッドを下り、トイレへと向かった。

 そこは、夢の現場とまるで違わなかった。まだ意識もハッキリとはしていないせいか、夢の中の嘔吐感がまだ胸に残っているような気がする。

 途端、ぐわーっという上昇感を覚え、便器の前にしゃがみこんだ私は、思いのままに全てを吐き出してしまおうとした。

 出ない。嘔吐感はあるのに、それに対応するものが伴わないという冷や汗を、夢からそのままに受け継いでいた。

 この焦りを断ち切ろうと、私は、嘔吐に対してだんだんと意固地になっていった。指を喉に突っ込む。酒をグイッと飲み干し、徒に頭を振る。グロテスクな画像を眺める。しかし、出ない、出ない、出ない。

 と、種種様々試しているうち、焦りを生体的な嫌悪が上回ったのか、その後いくらかして、苦し紛れに嘔吐に成功した。

 何故だか清々しい気持ちでトイレを去り、洗面台へと向かうと、わざわざ嘔吐の可能性を確かめた不可解に、また次第に気持ち悪くなり、もう一度急いでトイレへと駆けこむと、今度は激しく嘔吐した。