「辛い境遇に在ったけれども、それが逆に良かった」と言って良いのは本人だけ

 ある道で成功した人などが、

「今までの人生、辛い事、経験等々色々ありましたが、今となってはそれも良い思い出ですし、逆に、そういう境遇に在ったことがバネとなって、人一倍頑張れました」

というようなことを言っている場面をたまに目にします。

 それは世間で言うところの「ハングリー精神」といったところでしょうか。そういう境遇を経ている人は、世間一般の人には無い非常に強力な精神力を持っていて、ちょっと、幸せな環境下で生きてきた人間では、とてもじゃないけど敵いそうもないな、と思わせるような力強さがあります。

 しかし、いくら「ハングリー精神」がそれだけの力を発揮するからといって、当人が「その境遇が逆に良かった」と言っているからといって、それを真に受けて、他人が、

「辛い境遇に在って、逆に良かったですね」

とは、口が裂けても言ってはいけないような気がします。

 当人は、当人以外の誰かになる訳にはいきませんから(誰しもそうなのですが)、自らの境遇を受容し、その上で克服し、最終的には、

「これで良かったんだ」

と無理やりにでも肯定するより他なかったわけで(自分の人生を否定することは難しいことです)、別に、わざわざ喜んで、辛い境遇の下に生まれてくることを望んだ訳ではないと思うんです。

 それを、関係の無い他人が何の考えもなしに、

「そういう境遇を経て良かったですね」

などと言ったら、ものすごく腹が立つのではないかと思います。

 例えば、幼少期を貧しい家庭の中で過ごし、その境遇を何とか変えたいと思い、苦しい気持ちをバネに努力を重ね、ついに、ある分野で成功を遂げた人がいたとして、その人があるとき、

「あの苦しかった幼少期が、今となっては逆に良かったです」

と発言したとします。そこで、その発言を聞いた裕福な人々が、

「あなたは幼少期に貧乏で、満足に食えなかったから、ハングリー精神が養われて、その結果として今があるんだね、良かったね」

と返したとしたら、それはもう殴られても仕方のないレベルの暴言だと思います。幼少期から満足に食えるのならば、それに越したことはないんです。

 ですから、辛い境遇を跳ね返した本人だけが、

「逆に今はそれが良い思い出です」

と語ることが許されるように思います。