<370>「内証を掃く」

 一度見た景色の、大袈裟な他人でしかない。通り過ぎた窓たちの、不機嫌な掃除夫でしかない。ひどく霞んだ風景を、丁寧に払いのけることを拒絶し、強かに座り込むひとりの警戒者でしかない。

 見られた経験は、風の中を移ろい、次第々々に疲れていく。内証の通路を、出来るだけ遠くに運んでいくしかない毎日の繰り返し。戻らされるものと、戻らされないものの選別、険悪。残りの時間である場合がないなら、進行を速める手持ち無沙汰のものであるしかない。ない袖が揺れていて、日常の不気味さ、珍しさでしかない。

<369>「ユ」

 コトコトコトコト、大層な局面までやたらに誘われていくのが愉快でないと言いたい? あそこもここも同じ部屋で、安心だけが違って映るのが滑稽だが、大丈夫だ、問題が一様になくなっていくのが見えるから。前に立つものは影となり、またそうした反応を強いるのが難しいと言わんばかりの顔を作って、ひとつひとつ揺れている。聞いたか? そこここの音は動揺を歓迎しない、ただ見ているだけだ。温度を諦めてはどうか? もっとも、そんなことを簡単に決める訳にはいかないことが分かるだけに、やや遠慮がちに立ってみている。

<368>「集合の時節」

 徒に、名前であるはずの時節。細かい動きに、囚われていたはずの過去。集合は、いつも駆け足だ。気持ちはまだない。だいいち遅れているはずの場所で、帰ると言っても良かったのだ。僕が関係でなくなるとして解散してしまえば、中心の定まらない不安を、誰彼のものと言い替えても良かったのか。ここで出会うなら、よく考えてみる必要もなかった。さあ、一致して、また一致することがあるという驚き。それ以外はバラバラだ。どうして、準備をしなければならないか。準備には無理がある。しかし、何も準備しないとするならば、やることはひとつとしてないのだから。存在は解散される。目的地を夢想して、ふざけた眠りを考える。それで・・・。

<367>「微笑みはどこまでも遠い」

 眠りから醒めていくなか、遥かな昔がかすかに残った。それは、優しさ以外の何ものでもない。生まれ出る秘密を知っていたのだ。だが、もう一度知ることだって出来た。微笑みは遠い、どこまでも遠い。映された表情を、確かに見留めて、懲りない感触の私になるまでいくらもかかるのだ。計画され、流れ出ていく、その名残りの、丁寧な暮れの気配。それは顔貌だ。顔貌を受けて立つ。夢には知らされていない。

<366>「撹拌される朝」

 まあ寛いでいっておくれ、君の席はそこにはないのだよ。ちょうど計算した分だけの後じさり、ちょうど食べた分だけの皮肉な感想。連絡係は未だに居場所を探している。大それた経験を漏らしていくよ、どうも通り抜けていないと思うのさ。それで、少し散歩をして満足かい? 綺麗だよ、なに、緊張のない道路がさ。割り当てられたフリをしていたんだ、優しくないね。夜が聴いてめくれるよ、全く、愛想も何もあったもんじゃない。自動で運んでくれるとしたら何なんだ。ガサガサと、昨日の考えを探るよ、そして、私が洗うんだろう? 儲けの先もそこにあり、ってんだ、へへん! 動物たちが戻るよ、悲しい歩みだね。噛みだれの朝は、蒸暑さというのとは少し違うんだ。明かりが転がって、デタラメに個人の予想を照らすとする、するとどうだ? アッハハ、湿ったにおいがする頃から何も変わっちゃいない。この場所を譲ろうか。

<365>「ひとつの夜が警戒であるために」

 ひとつの夜が警戒であるために、夢をよく飲み込んでいる。パチパチと、弾けて見えるものたちと、昨日の私、巻き取られ、もやのかかった溜め息。

 こぼしているのか捨てるのか、いずれにしろ、君のような不安感が、破れた景色ときっかけとを掴んだ。滑らかであるため、列車、道路、横幅、ゴツゴツと砕けて石また石・・・。

 交代の見えない停滞は、その軽さを手助けする。どこまで走っていくのか、よく分からない。そして、警戒が誰であるのか、どこになるのかも・・・。もう一度、遅さになろうとしている。

<364>「ひとつのものの層と色」

 この人が伝えたいことはひとつだ。それはしかし、ひとつの言葉にはならない。ひとつのことを伝えるのにどれくらいの言葉が必要になるのか。一方で、ひとつのことを分かりかける、ということがある。ひとつのことを分かるのだから、0か1しかないのだろうと思うのだが、どうもそうではない。だんだんに色が濃くなっていくような、ひとつのことに対してそういう分かり方をしていく。それだから、別々のことを知ろうとしてあっちにもこっちにも臨む訳ではない。ひとつのことが知りたいからあっちこっちへ動くのだ。

 しかし積み重なれば、濃くなりさえすれば、ひとつのことに近づけるという訳でもない。量は必要なのだが、それは素直な階段になっている訳ではない。全く偶然の、思いがけない一瞬が、ただもう、ふざけているとしか思われないデタラメの一瞬が、何かその、理解というものを手助けするようなところがあって、それで・・・。