<2171>「もしこの道を行っていれば」

 吉本さんは『悪人正機』のなかで、大学というのは大学という幻想から醒めるために行っといた方がいい、というようなことを言っている。  

 これは何でも同じかもしれない。  

 私は最近人生の間でちょっとだけ会社員になっていた。正確にはまだなっているのだが、およそ会社員として必要な能力のありとあらゆるものがなかった。 こんなにないものかね、とむしろ笑いだしてしまうくらいに何の能力もなかった。 それは会社に入る前から薄々気づいてはいたが、とりあえず話が来たので乗ってみたのだ。 案の定何もできなかった。  

 ただ、大変苦しい月日ではあったのだが、体験しといて良かったな、とは思う。というのは、仮にこの会社員というものを経験せずにずっと他のことをしていた場合、冒頭の 「俺も会社員になっていればもっと他の人生を生きられたのかな」という幻想を抱えたまま日々を過ごすことになっていた可能性が高いからだ。 しかし現に体験した今は、「会社員になっていたらもっと良かったのではないか」というのが全然事実と合致しないということに気づいてしまっている。 この先も間違いなく大変ではあると思うが、思い込みのひとつが剥がれてちょっとだけ呼吸が楽になった。