<108>「存在の空洞での音が」

 結局、あの人は何を好いていただろう、その、何を好いているか分からない存在というのが妙に現実的で、やたらにくっきりとして、答えを返さなければならないのは果たして私か否か、イラストか、それは別の人だった、それも訊いてみて、いや、言われてみて初めて気がついたことだったろう、想像もつかなかったし想像すらしなかった、それは薄情、しかしどうだろう、そんなことに興味がなかったと言えばそうなのかもしれないが、そんなことがなくても大丈夫、つまりあなたが何を好いていようが、どんなに突飛だろうが平凡だろうが、そんなことにはブレさせられない、そういう気持ちだったんだというのは多少言い訳じみている? あの人が何を好いていたか、考えてみれば確かに思い出す、しかしやはりそうだからといって何かそのことに強い想いを抱くようなこともなく、その人がその人であるということのかぐわしさばかりが、空洞の奥の方でガランガランと鐘を鳴らすだけ、そして、その音は綺麗と言って片付けてしまうのがあまりに勿体ないほど、円く軽やかに、いつまでも低く響くのだった、鐘の音を聞き分けるあの少し変わったおじさんに聴かせても、やっぱりそれはちょっと北よりの音だということが分かるぐらいで、それ以上のことが分かる必要もないと思ったから、背もたれにだらりと寄りかかって、馴染まない頬の白さをただぼんやりと眺めるのだった。