「やった」の程度

 会場を出るため、従業員専用の出入り口に向かい、会場裏に入ると、リーダーのような人に、食器を下げるのに使う銀の棚のようなものを、布巾で拭くように頼まれた。

 言われたとおり、布巾で棚を拭いていき、もう良いだろうというような頃合いを見計らって、何か次の作業に移ろうとすると、

「こんなんでは拭いたことにならない!」

と、さっきのリーダーのような人が、私に向かって怒った。

 しかし、銀の棚は見たところ、汚れらしい汚れは残っていなかった。何か、変色しているかのように見えなくもない箇所は、おそらく、長年の使用に拠るところのものであって、布巾で落とせるようなものではない。ただ、

「充分綺麗だと思います」

と言ったんじゃあ、火に油を注ぐだけだと思った私は、

「はい、すいません」

と、一応の謝罪をしておいた。

「もう良い、私が拭くから」

とリーダーのような人が言うので、私は他の作業に移った。

 その後、私が、こっちの作業あっちの作業とさまざま移っている間も、リーダーのような人は、ずっと銀の棚を拭いていた。

 作業をしながら、リーダーのような人の後ろを通りかかる時、ちらっと棚に目をやってみるが、私が拭いた後の状態とさほど綺麗さは変わっていない。

 「もうあれ以上綺麗にならないと思うけど、何がそんなに引っかかるんだろう・・・。」

という思いを抱えながら、リーダーのような人の方を眺めていると、

「よし」

という声とともに、銀の棚からようやく遠ざかっていく様子が窺えた。

 リーダーのような人が銀の棚の前を立ち去った後、私は、銀の棚の方へ近づき、拭き具合を見てみたが、やはり、私が拭き終えたときの状態と、ほとんど綺麗さは変わっていなかった。