<765>「目の中に入る温度」

  あなたそちらお邪魔

 丁寧な声だった。聞こうものなら、そばから消えてゆく。ところで行先は私、訪ねたらしばし、近くの声の通りから幾らも隔たらないだけ、見通し、夜通しふたつの顔を行ったり来たりする様をその目に灼きつけたかと思うと、暗い。とぼとぼと渡る、と、静かな音。ああそちらでは聞こえない? 語られないだけやがてぼうと腹の中で燃える。心地の良い、明るさはただその熱さとばかり、熱さとは名ばかり、人の目をはばかり続けて隅の方でゆら、ゆら、と驚いた。かと思うと小気味の良い音が無駄もなく鳴る。私も、もう少しあたらせてもらえないかしら。近くへ寄って、これは痛いばかりに風、音、上昇、幾たびもこのままで過ごしてきたらと思える。ぽちゃっ、ぽちゃっ、続きの道で私ひとりで待っている。かなり濡れている。それに並んでいつとも知れず呼吸が近くなっている。目の中へ新しい温度を入れる。すぐには分からないことともともによく見えている。

<764>「後ろの時間に訪れて」

 嘘は見えない。ただただ目を開けて、遠くの影を眺めろ。雄弁だ。舌で、あればあるだけ、舌を舐めている。感覚は私の外へ出てゆく。わずかながら残る、味とも言え、忘れたのあなたがしたたらせた。

 大がかりで、不機嫌に、横に並んで眠る。なくなり方が嘘みたいだ。影は見えない。言う通りにしていると、不安定に揺すりはじめ。あたくしごと味になるのよ突然の訪問に備えて、いつまでも裸でいた。

 想像の欠片もない。ひとで食わせた。笑いの範囲から飛び出て、静かになるほどくれる。深いものは全て、後ろの時間。どこから見ても後ろの時間。不機嫌は見えない。たくましく流れると、ひとりきりで知らないところへ風を吹く。

<763>「私は小さな言葉だ」

 私は小さな言葉だ。当然そこで聞こえている。私は、小さな言葉になって、ひらいた窓からぎこちなくこぼれている。徒につままれて、いちどきに表情、ただそこは曇り。ひとつかむとも知れぬ、なごりのない揺らぎ。

 いくらでも滑り慣れている言葉へ両方の手を乗せ、まだあたたかさ、かわりといっては何だか分からなさ。意図から意図へ、遠慮のない、連絡はある。誰だか、分かったままで出来るだけの息を呑む。

 聞こえる前に、簡単に割れる。そこで、何が話されたのか分からなかった人々も、一斉に割れた方を向く。なかから、なんともあたたかさだけが流れ、ただの連絡ではなかったことだけを知る。よって、聞き方といえども存在しない。それが良かった。

<762>「声のまま、ここまできて」

 ひとつの通りを、声のまま渡って行って、適当なところへ落ち着くと、もう元へは戻れない。いやしかし、こうしてまた同じところへきているのではないか。それはそうだ。しかし、戻ったのではない。どこかで見たことがある。見たことがあることすら、新しさを歓迎してゆく。一体全体、お前の声はどこから出ているんだ。それは、思いもかけない場所、急に編み出された休むためのところから、ほのかに漂い出ていた。ならば、出来るだけいろいろな場面で鳴ろう。きこえなくても困らない。ただ、ありそうな高さが通った記憶を、あちこちで生み出してくれたら。

 容易に思い出せるところから随分と沈んできたもので、何に関係して浮上するのかも、もう分からなくなっているところ。そこへ、およそあけひろげな高さが響く。人によっちゃあ跳ね起きた。無神経はこれからの声に絡まるのか。無関心な波がひとり寝そべった頭に寄り、飲み込むのか。何通りもの名前を用意して、次々に流してゆくのを見たとき・・・。

<761>「組まれた線」

 見事な目線のなかに私がいる。いつかは知らない。きっと、話しかけている、から、そのそば、わざと、当然に疑問、それぞれで応える。混ぜ合わせながら足音を拾った。振り向いたらカラだった。

 わざとじゃないのったって、穴。スポリ、とはまれるのでなく、私ごといくらも挟み回っている。回りすぎて、混乱が何かを忘れている。明らかに戸惑っていても、それは次の瞬間での踊りをしか意味しない。

 さあ、どうだか。どれも一度見向き、そのなかで考えろ。幾度なりとも私なしに駆け巡る。膨大な、拒否の行方を笑って、全速力で駆けてゆく。企みすぎていとも簡単に現れる、とすれば、一応それは顔だろう。

<760>「方法が壊れて」

 ひとつところに留まっていなければならないような顔をしている。しかし、私と外とは関係だ。何か訳の分からぬ動きの出てきたときに、そこから少しずつズラしていく必要がある。それはつまり戻すということだ。戻す、と言っても、ゴールに戻すということではなく、許容出来る揺れの場所までズラしていく、ということだ。

 何も手を施さないとき、壊れているならば、それは壊れているより仕方のないものなのではないか、というおかしな考えが、別におかしいとも思われないまま私のなかを頻繁に通ってゆく。私が、諸々から分離されたかたまりのひとつだというのは、間違った考えだ。外との関係、諸々の関係とともに動いているものだから、この場の揺れがより良いものとなるような試みを持つことは、何にもおかしなことではない。つまり、揺れなければならないのである。今というところ特有の壊れ方をしているのなら、今というところにある方法を、引っ張り出してくるのが普通だったのだ。

<759>「当たり前の、呼吸をひきずる」

 ここがまだ外、ここからうかがうことが出来、かつ、きれいなもの。誰かから声がする。奇妙に、覆うとも、払うとも知らず、そばへぞろ、ぞろ、ぞろ。確かに寄らせ、分からせ、今すぐにでも走る、うかれる。

 無音のなかへ出て、大きく停止する。動くつもりを持たないときは特に、その場でかたまれる。何通りもの知らせ、何通りもの思い込みが、がやがや私のなかを走る。いちどきに軽くなる前の・・・。

 言葉にすればなるほど分からないほどの、違いやら違い、拾うなら拾う。頭のなか、からだのなかから離れざるをえない、と、ひとりで無茶を言った。見えているのかいないのか、そんなことには頓着せずに、普通の呼吸を引きずった。