この、大きなエレベーターに、私だけが唯ひとり乗っているなどということはそうそうない。しかし、その瞬間に見事に潜り込み、含み笑いする人はやってくる。
「あっ・・・」
そんなに怯えた顔で迎えないで、と言わんばかり、私の目をしかと見据えている。そのまま、含み笑いする人は歌いだした。私の一番好きな歌・・・。
「えっ・・・」
そう、何でも知っているの、と言わんばかり、含み笑いする人は、私の好きな歌を歌った。
ふと、こちらに向けていた視線をさっと左へ流したかと思うと、今度はつぶやくように、私の嫌いな歌を歌い出した。しかも、歌われてみるまで、それが嫌いなのだと私自身ハッキリとは気づいていなかった歌を。
「いや・・・」
そう、あなたの知らないことも、私は知ってるの、と言わんばかり、含み笑いする人は、私の嫌いな歌を、愉快とも不快ともとれる表情で歌った。
「出て行ってくれないか」
ここはエレベーターの中でしょ? それに、降りるのはあなたが先じゃないと、肩を竦めて階数ボタンの方へ振り返る。そうだ、私が先に1階で降りるのだ。降りてしまうまでの辛抱だ。
再びこちらへ向き直ると、含み笑いする人は、目の色に驚きと不安を入り混じらせていた。視線に捉えられた身体が心持ち重くなるのを感じる。エレベーターは1階を通り過ぎた。