<285>「動力は」

 何かに非常に勇気をもらう、そんなことは俺にはないのだよ、などと言えば、格好はつくのかもしれないが(別に、格好良くないかもしれないが)、しかし例外なく私にもそういうことがある。ただ、勇気をもらったからしばらく大丈夫かどうかというのは、正直なところ分からないというのが実際だろう。しばらく大丈夫なような気が、その瞬間に強烈に訪れはするのだが、それはその瞬間にそういった強烈さが襲うという以上の話でもなければ以下の話でもないので、実際にしばらく大丈夫かどうかとはあまり(全くと言ったら言い過ぎか)関係がない。

 そういう感覚、というか、物事の運び方に気がついてから、何かから勇気をもらうことで、生活全体を乗り切ろうとする動きをあまりしなくなった。もちろん、何かに勇気づけられる経験を意図的に避ける訳でもなければ、軽蔑することもない。その体験はその体験で、むしろ進んで受けたりもするのだ。ただ、繰り返しになるが、今勇気をもらえるかもらえないかということと、しばらく大丈夫なまま過ごせるかどうかということとの間に、深い結びつきを見ていないだけだ。