浮いちゃあいない

 「あれ? お尻のとこ穴開いちゃった? いやあ困ったなあ・・・」

帰宅して、外出用のズボンを脱ぎ、何気なくそのお尻辺りの部分を眺めていたら、目立つほどではないが、小さな穴が開いていることに気づいてしまった。

 さすがにこれは新しいものを買った方がよさそうだ。なんせ、外出用のズボンはもう、履けるものがこれひとつしか残っていないのだから。そう思って、近所の洋服屋へと足を延ばした。

 「これは2000円・・・なるほどね。えー、これは2500円と・・・」

相場がどれぐらいなのかは分からないが、ズボンで2000円程度の値段であるならば、かなり安い部類に入ると言えるのだろう。しかし、ひとつしかない手持ちのズボンに穴が開いてしまっているにも関わらず、まだ買うかどうか迷っていた。

 「本が2冊買えるな・・・」

陳列された新品のズボンの前を、本の影がちらちらとよぎる。思考は徐々に、そして強引に、ズボンを買わない理由を並べたてる方向へと動いていった。

 「よし、今日はやめておこう。まだ今のやつも履けるし。」

強引な理屈、あるいは言い訳が功を奏したのか、

「そうそう、まだ買わなくてよかったんだよ」

などとぶつぶつ呟きながら、洋服屋を後にするのだった。

 そんなこんなしていると突然、何だか、出ていったはずのお金が、また財布に舞い戻ってきたかのような錯覚が起こった。

「いずれはズボンも買わなきゃならんのだから、ズボン分のお金が浮いた訳ではないんだよ」

という忠告の甲斐あってか、帰路につく右手には、本の2冊入った袋がぶら下がっていた。おまけに、何故だか、

「得をした」

というような表情まで浮かべている始末であった。