<4425>「所感(589)」

 褒め言葉、叱咤、脅し。

 

 こういう言葉で、普通人間は舞い上がったり、いけないと思って気を引き締めて行動に移すらしい。

 

 だからそれらによって私を動かすことを期待して、周囲は言葉を投げ掛けてくるのだが。

 

 あいにく私はそれらによって動く回路を持っていない。

 

 褒められても、外面は訓練してきたから多少は誤魔化せるが。

 

 内心ではポカンとしている。

 

 

 これらでは私の身体は動かないのに、これらをあまりに投げ掛けられるから、これらをきっかけに動きなきゃいけないんではと、外面だけ合わせてみることもあるが。

 

 間に合わせ、ハリボテなのですぐに動きは止まる。

 

 

 そうではなく、日常生きていて、これは何だろうと考える。

 

 これには一体どういう理由がと、別に何の感傷もなく疑問に思っているとき、私はズンズン先へと進む。

 

 自分が前に進むための燃料が、どこから来ているのか。

 

 それをきちっと見極めること。

 

 褒められても決して身体は動かないのに。

 

 それをされたら動くもんだという一般常識に同化しないこと。

 

 あくまで感傷とは何の関係もない単純なハテナで主に動いている自分をきちっと掴んで離さなければ。

 

 ほぼどこへ行っても積極的に動くことができる。

 

 積極的に動くと評価されるから、で動く身体は持っていないのだ。

 

 そこは諦める。