<4423>「所感(588)」

 高校の部活後、仲良い友達とメシを食いに行ってのおしゃべり。

 

 あれは、全然セックスなんか比にならないぐらい、めちゃくちゃ気持ち良い時間だったな。

 

 皆の波長が合って合って会話がドライブしてどんどんどんどん連想で繋がってって気がついたら関係ない場所に着いててって感じで。

 

 人生であれより気持ち良かったことってのが、いまだに他に見つからないというか。

 

 完璧な代替物は見当たらない。

 

 

 セックスやってみる前でもそう思ってたし、やった後も全然そう思うというか。

 

 思いは変わらない。

 

 

 それで、今までは気がつかなかったんだけど、あれって、家庭内と地元しかないと思ってた人間が、解放された初めての瞬間だったんだな、ということに今気がついた。

 

 寒々とした、冷え切った場所で、今日は夜メシ一緒に家で食わなくても良いというか。

 

 そんなこと、中学まではあり得なかったからね。

 

 そういう状況から時々解放されて。

 

 しかも、その上で感覚の合う人たちとも会えたから大爆発してたんだ。

 

 何て言うんだろう、今でも苦しいこととかはあるけど。

 

 あれで、あの瞬間のおかげで、この先も生きていけるぞというきっかけを掴めた、と言っても過言ではないんじゃないかな。

 

 そのぐらい気持ち良かった。

 

 

 今は、その友達たちも、その友達たちなりのルートや目標や状況があり。

 

 お互いに歳を取っていて。

 

 会ったからといって同じ大爆発はもう起こせないんだけど。

 

 そういうのがある一時期起こせたってとんでもないことだよな、という事実は、それによって褪せることはない。

 

 

 思いっきりドライブできれば、そりゃ、セックスより会話の方が楽しいに決まってる。

 

 でもまあ、こういうのはタイミングとか巡り合わせとか、本当に一時期にしか起こらない奇跡みたいなものだから。

 

 私はまあ、今は、ある時は歌いに行ってそこの仲間と話したり。

 

 あるときは踊りに行ってそこに居る人と話したり。

 

 あるときは私と同じように貼り絵をやってる人に会いに行って刺激をもらったりする。

 

 そうやって、もう高校の時のように全ての満足をまかなえる集まりはないから、部分部分の満足を色々なところに行って集めているという感じ。

 

 さびしさもあるし、絶頂とはほど遠いけど。

 

 この、少しずつの満足を方々から集めてくる、さびしい感じも嫌いではない。